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夕暮れの公園で僕は

Posted by a-kasahara on 16.11.29 07:47
上演高校名:宮城県古川高等学校
人数:男子2名女子5名
上演時間:57分

登場人物

坂井夏実
小学生(父1)
小学生(父2)
母(岡さん)
先生
生徒(静香ちゃん)
生徒(珠代ちゃん)

   一場 

   学校の教室。夏実が入ってくる。

先生 (見つけて)ああ、坂井さん。
夏実 失礼します。
夏実 あの、先生、お母さんが、まだ。
先生 うん、大丈夫、今日は坂井さんで最後だから。
夏実 仕事が忙しくて、学校あんまり来たことないんです。PTAとかも。
先生 じゃあ、二人で進められるとこは進めておこうか。
夏実 はい。そうしていただけると。
先生 いいかもね、そのほうが。じゃあ座って。
夏実 はい、お母さん、色々細かいことは。
先生 二年生だしね、まだ。夏休みにじっくり考えればいいよ。って私がそんなこと言っちゃいけないか。
夏実 はあ。
先生 (立ち上がり、外を眺めて)いいなあ二階は。
夏実 はい?
先生 去年は一階だったじゃない。
夏実 一年生は一階ですから。
先生 あの、磨りガラスっていうの、ん?曇りガラス?
夏実 あ、どっちも。
先生 見えないじゃない。
夏実 はい。
先生 閉じ込められてる感じしなかった。
夏実 そんなことは。
先生 それに比べて二階はさあ。
夏実 まあ。
先生 こう、すかっとするっていうかさ、せいせいするっていうかさ。
夏実 せいせいですか。
先生 うん。せいせい。ああいいな、せいせいするな。
夏実 何ですか?
先生 宮沢賢治の詩。
夏実 宮沢賢治ですか。
先生 ああいいな、せいせいするな。風が吹くし、農具はぴかぴか光っているし。
夏実 好きなんですか。
先生 農具が?
夏実 いえ、宮沢賢治が。
先生 うーん、まあね。すごく好きってほどでもないけどね。どっちかって言うと好きかな。まあどっちかって言うとね。
夏実 そうですか。
先生 坂井さんこっち来てごらんよ。
夏実 先生、面談いいんですか。
先生 まあまあ、そのうちお母さんも来るわよ。
夏実 ほんとすみません。
先生 (何か見つけ)坂井さん、ほら、あれあれ。
夏実 え、何ですか。
先生 あそこの校門の脇にある。
夏実 はい、それが何か。
先生 懐かしいな。なんだか久しぶりに見た気がする。
夏実 懐かしい…んですか?
先生 うん、先生たちの頃からあったんだよ。
夏実 え、先生この学校の出身なんですか?
先生 あれ、言わなかったかな。
夏実 初めて聞きました。
先生 そうだっけ。言ったでしょ。最初のホームルームで。
夏実 いえ、言ってません。
先生 えー、だって最初に自己紹介とかした時に。
夏実 先生。
先生 思い出した?
夏実 じゃなくて、先生、最初のホームルーム。
先生 なんだっけ。
夏実 先生は風邪でお休みだったので、代わりに副担任の。
先生 ごめん、忘れてた。そっか、言ってなかったか。そっか。
夏実 はい。…先生。
先生 何。
夏実 面談。
先生 あ、そうだね。(自分の席に戻りかけて)あ。
夏実 どうしたんですか、先生。
先生 資料置いてきちゃった。ちょっと待ってて、あの、今すぐ持ってくるから。あ、いいから、外でも眺めてて。
夏実 あ、はい。

   先生退場。

夏実 (窓の外を眺めて)もうすぐ夏休みか。あ、あの雲。
夏実 何て言ったの?ねえ、父さん。

   先生があわてて教室に入ってくる。
先生 え?
夏実 (振り向いて)あ、何でもないです。
先生 そう。じゃ座って。
夏実 はい。
先生 (資料を開きながら)まあ二年生だしね。
夏実 はい。
先生 細かいこともあるんだけど。
夏実 はい。
先生 とりあえず、どう?
夏実 え、どうって。
先生 まあ、調子っていうか、なんていうか、学校生活全般に関してよ。
夏実 ああ、学校ですか。
先生 だって学校だし、学校でしょ、そりゃ、とりあえず。
夏実 まあ楽しくなくはないです。
先生 うん、楽しくなくはないのね。てことは要するに楽しいのね。
夏実 あの、先生、はっきりと楽しいっていうのとは。
先生 楽しくないの?
夏実 いえ、楽しくないわけじゃ。
先生 坂井さん、そこはっきりしようよ。
夏実 はあ。
先生 じゃあ具体的にね、学校生活の中で。
夏実 あ、美術が好きです。
先生 反応早かったね。美術部だっけ。
夏実 はい。一応。
先生 そういえば去年の文化祭のポスター。
夏実 ああ、はい。
先生 すごいよね一年生なのに。
夏実 まあ、たまたま。
先生 いやー尊敬しちゃうよ。絵の描ける人。先生なんかさ、覚えてる?ほらこの間の授業で。
夏実 あれはまあ。
先生 みんなで牛だ牛だってさ。
夏実 面白がってわざと言ってるんですよ。
先生 他に好きなものとかある?
夏実 他には特に。
先生 そうか。
夏実 …変わってますか、私。
先生 全然。
夏実 よかった。
先生 なんでそう思うの?
夏実 なんとなく。
先生 なんとなくか。…好きなんだよね、絵。
夏実 はい。
先生 その道に進もうとは思わないの。
夏実 あの、まあ、その。
先生 好きなことやったらいいと思うけどね。無責任に聞こえるかもしれないけど。
夏実 はあ。
先生 今日、その話どうする。…ま、次にするか。
夏実 はい。
先生 (時計をちらっと見て)お母さん、教室分かってるかな。
夏実 ちょっと見てきます。

   立ち上がって出ていこうとすると、母親が入ってくる。

夏実 お母さん。 
母  どうもすみません。遅れちゃって。
夏実 もう、遅いってば。
先生 大丈夫大丈夫。お母さん。今日は坂井さんで最後ですから。
母  ほんとすみません。教室迷っちゃって。
先生 当たってたね。
夏実 お母さんたら。
先生 じゃあお母さん、どうぞこちらに。

   三者面談が始まる。暗転。

   二場 

   公園のベンチに一人座っている夏実。あたりに人影はない。夏休み直前の午後。空は青く白い雲がまぶしい。
   
夏実 (急に立ち上がり)あ、あの雲。

   慌ててあたりを見回す。ゆっくりと座り直して。

夏実 父さん。父さんはいつも言いかけて途中でやめる。あの時だって。……。 私どんどん父さんのことが思い出せなくなってくる。

   どこからか二人の小学生が現れる。二人は夏実のそばにそっと近づこうとする。

夏実 だるまさんが、転んだ。(二人立ち止まる)何か用事?
二人 (すばやく離れて)いいえ、何も。ぼくたちただの通りすがりの普通の 小学生です。決して怪しい者ではございません。
夏実 (二人を見比べながら)怪しいよね。
二人 たまたま通りかかった普通の小学生が、ちらっとあなたの方を見たから といって、いきなりセクハラだなんだと言われても。
夏実 言ってないでしょそんなこと。
二人 でも、怪しいって。
夏実 だってちらっとじゃないじゃない。明らかにじろじろ見てたじゃない。 それってセクハラだわ。
二人 ほら言った。
夏実 あのさ、お願いだから、その二人で同じことを同時にしゃべるのやめて くれない。どういう仕掛けになってるの?双子?
父1 だって同じ人間…。
父2 (肘打ち)
父1 (咳き込みながら)…(同じ人間)のように仲のいい二人。
夏実 変なの。それに何かさ、おじさんっぽくない、そのしゃべり方。小学生でしょ。
二人 人それぞれですから。
夏実 人それぞれか。この間学校で言われたよ。人は人、自分は自分って。分かってるけどさ。
二人 (顔を見合わせて)分かってるってさ。
夏実 何よ。分かってるわよそれくらい。
二人 自分を信じて、好きなことをやるのが一番だよ。
夏実 先生と同じこと言うのね。
二人 (お互いに相手を指さして)結論を急ぎすぎ。
夏実 何?
二人 (お互いに相手を指さして)いきなり核心に触れすぎ。
夏実 まあ、何でもいいけど、とりあえず構わないでくれる。

   二人は離れたところに座り、夏実を見ている。

夏実 やりたいことやればいいじゃんって。言うのは簡単だよね。
二人 やっちゃえ日産。
夏実 (二人を睨む)
夏実 本当にやりたいことなのかどうかだって分からないのにさ。
二人 いいぞもっとやれ。
夏実 (二人を睨む)
夏実 構わないでって言ったでしょ、さっき。
二人 別に構ってないですよ。コマーシャルですよコマーシャル。
夏実 はいはい。それなら二人で飽きるまでどうぞ。私がいなくなればいいんでしょ。
二人 それは困る。
夏実 何で困るのよ。
二人 それはいろいろと。
夏実 私は困らない。
二人 いや、困る。将来的に。
夏実 私の将来が何であんたたちに関係あるのよ。
二人 ある。
夏実 関係ないでしょ。
父1 (ショックを受け、離れる)関係、
父2 ないでしょ。
夏実 何?何?
父1 娘から言われてもっとも辛い言葉第3位。
父2 関係、
父1 ないでしょ。
夏実 何で繰り返すの?
二人 (夏実に)関係ないでしょ。
夏実 だってほんとに関係ないでしょ。
二人 (顔を見合わせて)娘の気持ちがつかめてないんだよ。

   娘の気持ちが分からない父親の歌。

父1 あんなに毎日笑っていたのに。
父2 中学に入った途端に仏頂面。
父1 出掛けるときはいつも一緒だったのに。
父2 今は買い物にもついてこない。
父1 笑いながらの楽しいご飯。
父2 今ではみんな別々に。
二人 ああ冷えた麻婆豆腐はうまくないぜ。
夏実 はい、そこのミュージカル小学生。
二人 は、はい。
夏実 そういうのが流行ってるの?
二人 そうそう、それがナウでヤングな、イマドキノショウガクセイ。
夏実 怪しい。
二人 どき。
夏実 だって何か話が。
二人 ぎく。
夏実 君たち、イマドキノショウガクセイじゃないわね。
二人 な、なにを言ってるんですか。その証拠に。

   小学校校歌を歌う。

夏実 君たち、青葉小学校?
二人 そうだよ。
夏実 なんだ、後輩じゃないか。先輩と呼びなさい。
二人 逆だけどな。
夏実 何?
二人 あ、何でもないです、先輩。
夏実 何年生?
父1 (同時に)5年生。
父2 (同時に)4年生。
父1(同時に)4年生。
父2(同時に)5年生。
夏実 どっちなの。
二人 6年生。
夏実 ほんと?
二人 ほんとほんと。
夏実 なんか漫才みたいだね。
二人 そうなんです。ぼくたち実は小学生漫才コンビなんです。
夏実 漫才も流行ってるの?
二人 そうそう、それが、イマドキノショウガクセイ。
夏実 変なものが流行るのね。
二人 はいどーも。
父1 学校と言えば。
父2 学校と言えば。
父1 給食の時間。
父2 あんたが一番いきいきする時間やね。
父1 給食係っていうのがありまして。
父2 必ず男女ペアでね。
父1 ヘルメットして防毒マスク。
父2 戦場じゃありませんから。三角巾に普通のマスクね。
父1 脱脂粉乳はにおいがきつくて。
父2 ああ、鼻をつまんで飲んでた人もいましたな。
父1 やっぱり防毒マスク。
父2 いやいや。でもそのうち牛乳に変わりました。
父1 牛乳は腰に手を当てて飲みましょう。(と言いながら父2をくすぐる)
父2 (吹き出す)ぶっ。もうやめろってば。
父1 あ、鼻から牛乳。
父2 飲んでる時笑わせるのやめろってば。
父1 あ、鼻からコーヒー牛乳。
父2 ありましたね、ミルメーク。
父1 休んだ人にはコッペパンを届ける。
父2 届けられた方も困ると思うんだけどね。次の日にはもうかちかちに堅く  なって。
父1 ふざけて投げた二日目のコッペパンが友だちの額に当たり。
父2 いたっ。
父1 あ、血出てる。やっぱりヘルメット。
父2 もうええわ。
夏実 さすがイマドキノ給食ね。ミルなんとかって何。
父1 それはね、コーヒー牛乳の素っていうか、袋に入った粉をね、牛乳に混 ぜると。
夏実 えー、聞いたことない。あとダッシ?何?
父1 ああ、それはね。
父2 まあまあ、いいじゃない。最近はね、給食も進化してるわけよ。
夏実 そうなんだ。でも何かさ、よく分からないけど、逆に懐かしい感じがしたよ。
二人 どき。
夏実 思い出話しをしてるみたいだった。
二人 どきどき。
夏実 父さんの話聞いてるみたいだった。
二人 どきどきどきどきどき…。(離れていく)
夏実 おーい、どこ行くのよ。イマドキノショウガクセイ。
二人 おじいちゃんに。
夏実 そうか。
二人 おばあちゃんに。
夏実 聞いたのね。
二人 聞いたんです。
夏実 私お母さんと二人暮らしだからさ。
二人 元気か?、母さん。
夏実 元気かって、昔からの知り合いみたいに言うね。
二人 (慌てて)あ、いやいや、ただ元気なのかなあと思って。
夏実 元気よ元気。すごく元気。毎日元気に働いてるわ。
二人 そうかそうか。元気でなによりだ。
夏実 うちのお母さんが元気で、なんであんたたちが安心するわけ。
二人 まあいいじゃないですか。元気なんだから。ところでさあ、…お父さんは。

   オニヤンマが飛んでいく。
三人 あ、オニヤンマ。
二人 し、しまった、体が反応してしまった。
夏実 何か言った?
二人 あ、いや、別に。
夏実 初めて見た。…もうすぐ夏休みだね。
二人 はい。
夏実 うれしい?
二人 そりゃあ、もう。
夏実 小学生の時はさ、こんな気持ちで夏休みを迎えるなんて思ってもみなかった。
二人 こんな気持ち?
夏実 やっぱり夏休みっていったら小学生よね。
二人 えっへん。(なぜか威張る)
夏実 小学生のために夏休みはあるんだね。
二人 ざまあみろ。(更に威張る)
夏実 小学生はいいな。さっきもね,空を見ながら考えてたのよ。ああ、あの時と同じ空だって。
二人 あの時。
夏実 あの日もこうやってこのベンチに座って空を眺めてた。
二人 あの日の公園。あの日の空。あの日の夕暮れ。
二人 イマドキノショウガクセイの夏休み日記。
二人 カブトムシを捕まえに行ったのにカナブンばっかりだった。おまけにハチに刺された。
二人 病院に行くほどじゃない怪我はすべて赤チンで済ます。
二人 海ではあんなに泳げたのに、プールではどんどん沈んでいった。
二人 秘密基地なのに親が迎えにきた。
夏実 なんか私の夏休みと違う。
二人 どき。
夏実 父さんの子どもの頃の話を聞いてるみたい。
二人 どきどき。
夏実 …実は、分かってたのよ。
二人 何?
夏実 最初から変だと思ってたわ。
二人 な、何でしょうか。
夏実 姿は小学生だけど。
二人 (すばやく離れる)まずいぞ、あっさりばれたぞ。
二人 もうこうなったら正直に名乗るしかないな。(夏実の方を振り向いて)せーの、実は僕たち。
夏実 幽霊なんでしょ。
二人 え?
夏実 分かってるわよ。学校の怪談でしょ。
二人 えーっと。
夏実 聞いたことあるもん。あの小学校で亡くなった双子の話。
二人 あー、何の話かな、えーっと。
夏実 自分でも不思議なんだけど、今日はなんとなくこの公園に来てみたいと思ったのよ。もう誰も遊ばなくなった、この古い公園に。あなたたちの力に引き寄せられたのね。
二人 なんか意外とファンタジーなこと言ってるぞ。
夏実 何?
二人 まあ、とりあえずここは一旦、そういうことにしておくか。
夏実 何ひそひそ話してるのよ。せっかくだから小学生に戻った気分で遊んじ ゃおうかな。だってせっかくの夏休みだもんね。じゃあ幽霊さん。もっと懐かしい遊びを教えてよ。

   鬼ごっこに興じる三人。

夏実 ああ疲れた。遊び疲れるなんて久しぶりの感覚。
二人 小学生って体力がいるなあ。

   しばらく息を整える三人。

夏実 昨日ニュースでね。最近の小学生の将来の夢ってやっててさ。
二人 イマドキノショウガクセイ。
夏実 そうそう、イマドキノショウガクセイ。第1位、サッカー選手。第2位、医者。第3位、ユーチューバー。そして第4位、公務員。だって。
二人 ユーチューバーって何だ。
夏実 やっぱり二人もサッカー選手?
二人 夢か。
夏実 そう、夢。
二人 そりゃあ人並みに、僕にだって夢があったさ。
夏実 でもさ、小学生ってむやみに夢を語るよね。そんなの絶対なれないって分かってるのにさ。
二人 ほんとに絶対なれないのかな。
夏実 そりゃごく一部の人はさ、特別な人は夢を叶えられるかもしれないけど、ほとんどの人はさ、…ほとんどの人は。
二人 なぜ、自分がなれないって思うのかな。
夏実 現実はそんなに甘くないのよ。やりたいことがあってもそれを口に出さずに我慢してる人だってたくさんいるわ。無責任に夢を口に出来るのは小学 生のうちだけよ。
二人 小学生はいいんだね。
夏実 そうよ。
二人 小学生だったらどんな夢を語ってもいいんだね。
夏実 そうよ。
二人 作戦通りだ。
夏実 何?
二人 小学生に戻ってみるかい?
夏実 どういうこと。

   外が急に薄暗くなる。

夏実 あ、一雨くるかもしれないよ。君たちも早く帰らなきゃ。あ、濡れないか、幽霊だから。
二人 あの頃の夏に帰ってみないか。

   落雷。夕立。

夏実 きゃー。
二人 こっちこっち。

   ヒューム管の中へ逃げ込む三人。

夏実 こんなのあったかな。
二人 ヒューム管っていうんだ。
夏実 どこかで…。そうだ、ドラえもんで、みんなが野球やってる空き地に置いてあるやつだ。
二人 そうそう。
夏実 のび太が中で泣いてるやつね。
二人 もう一度あの頃の夏に帰ってみたいと思わないか。
夏実 あの頃の夏。
二人 夏実の夏は夏休みの夏。
夏実 どうして、私の名前。
二人 さあ目をつぶってここを通り抜けるんだ。もういいよっていうまで目を開けちゃだめだ。
夏実 かくれんぼみたいだね。(目をつぶる)
二人 さあ遠い昔に置いてきてしまった大切なものを探しに行こう。

   暗転。

   三場

   どこか懐かしい教室。小学生たちの歌と踊り。(オクラホマミキサーの節で歌う。伴奏はピアニカ)

生徒 アルマイトの容器に盛り付ける。
生徒 ごちそうだ、ソフトめん。
生徒 休んだともだちにはコッペパン。
生徒 マーマレードかイチゴジャム。
生徒(女子) ママレンジ。 
生徒(男子) 野球盤。
生徒(女子) ベルマーク。
生徒(男子) 肥後守(ひごのかみ)
生徒 遠足おやつは三百円。
生徒 先生バナナはおやつなの。

   チャイムが鳴ると先生と夏実が入ってくる。

先生 はい、みなさんおはようございます。
全員 おはようございます。
夏実 先生。何してるんですかこんな所で。
先生 こんな所って、学校ですよ。
夏実(見回して)学校?。…ここは?
先生 今日は皆さんに転校生を紹介します。
夏実 え、転校生なんですか私。
先生 何言ってるのよ。皆さん、坂井夏実さんです。
夏実(腑に落ちないまま)坂井夏実です。あの、えっと、よろしくお願いします。(二人を見つけて)あ!なんでここにいるのよ。っていうか、ここはどこなの?
先生 あれ、もう友達ができたの?
夏実 あの、はい、なんというか。
先生 良かった。夏実さんは都会の学校から来たので、まだちょっと田舎の生活に慣れていません。みんな色々と教えてあげてね。席は岡さんの隣ね。
夏実 あ、お母さん!
生徒 岡です。
夏実 岡…さん?
生徒 岡です。
先生 それでは朝の会の大切なお話をします。
生徒 また昨日の話だよ。
生徒 もう聞き飽きたね。
先生 プロレスは、八百長です。
生徒 ほらね。
先生 あんなものを見ると頭が悪くなりますよ。分かりましたね。
生徒 はーい。
先生 それでは朝の会を終わります。

   チャイムの音。

夏実(二人の所に駆け寄り)どうなってるのよ、いったい。ここはどこなの? あ、もしかして私死んだの?
二人 そうじゃない。
夏実 だって幽霊と一緒にいる。
二人 さっきだって一緒にいたじゃないか。
夏実 そう言われればそうだけど。
夏実 悪夢なら覚めて、でもそうじゃないんだったら、もうしばらくいてもいいかな。せめて給食の時間まで。
二人 意外に対応力あるぞ。
夏実 なんだっけ、あのコーヒー牛乳の素。

   チャイムの音。先生が入ってくる。

先生 1時間目は国語です。
全員 はーい。
先生 はい、みなさん。もうすぐみなさんの待ちに待った夏休みですね。
全員 わーい。
先生 そこで今日は夏休みを題材にした詩を読みます。
全員 題材。
先生 はい、そうですね。大事な言葉は繰り返しましょう。
先生 これは吉田拓郎という人の「夏休み」という歌です。
全員 吉田拓郎。
先生 あ、それは繰り返さなくていいかな。
先生 ここで歌われている夏休みについて考えてみましょう。珠代さん読んでみて。
生徒 はい。麦わら帽子はもう消えた。たんぼのカエルはもう消えた。それで も待ってる夏休み。
先生 それではみんなで読みましょう。はい。
全員 麦わら帽子はもう消えた。たんぼのカエルはもう消えた。それでも待ってる夏休み。
夏実 どういうこと?
先生 まず前半を考えてみましょう。麦わら帽子と田んぼのカエルは消えたと言っていますね。なぜでしょう?
生徒 はい、秋になったから。
先生 なるほど。でもそれだったら、その後のそれでも待ってる夏休みがおかしいですね。
生徒 夏休みがいつなのか分からない馬鹿な子どもなんだと思います。
先生 いくらなんでもそれは分かるでしょ。夏休みは小学生の一番の関心事ですから。
全員 関心事。
生徒 来年の夏休みだと思います。
先生 なるほどそれなら分かりますね。夏休みは終わったけれど、私は次の夏 休みを待っているということですね。
生徒 夏休みだけが生きがいの人の歌だと思います。
生徒 私にとって一年は夏休みと夏休み以外の日しかありません。夏休みが終わった次の日から私は夏休みを待ち続けているんです。
先生 他に意見のある人はいますか。
夏実 はい。
先生 はい、夏実さん。
夏実 昔を懐かしんでいるんだと思います。
生徒 どういうこと。
夏実 もう今はいなくなってしまった麦わら帽子をかぶった子ども。
生徒 おら、いまでもかぶってるだ。
夏実 カエルどころか田んぼさえなくなってしまった。
生徒 おらんちのまわりは田んぼすかねえど。
夏実 それは昭和だからよ。
生徒 昭和だからよって、昭和だろう、そりゃあ。
夏実 いやそうじゃなくて未来の日本っていうか。
生徒 ああ、てづわんアトムな。
夏実 うん、そこまでいかなくてもね、あ、そう都会の話よ。東京の話。
先生 夏実さん素晴らしいわ。
生徒 さっすが、なづみちゃんは都会っこだがら。
夏実 うん、とりあえずそういうことにしておくよ。
先生 続けて。
夏実 今は都会で暮らしている大人になった主人公が、子どもの頃、田舎で過 ごした夏休みを懐かしく思い出して、でももうそこには戻れないんだという 悲しい気持ちを歌っているのだと思います。
生徒 大人には夏休みないもんね。先生以外は。
先生 あははは。そうです、先生は夏休みがあるから先生になったんです。
全員 やっぱり。
先生 夏実さん素晴らしい読み取りでした。
夏実 もう戻れない夏か。でもせっかく戻ってきたんだから、せめて給食の時間まで。できれば夏休みまで覚めないで。

   チャイムの音。
夏実 え、もう終わり。

   休み時間。夏実の周りにみんなが集まる。

生徒 さすがねえ、やっぱり都会っこは違うわね。
夏実 そ、そんなことないよ。
生徒 やっぱり田舎と違うんだろうね、色々とね。
夏実 そ、そんなことないよ。
生徒 都会ではさ、今何が流行ってんの。
夏実 えっとねえ、あんまり流行り物は得意じゃないけど、インスタグラムとか流行ってるよね。

   皆、顔を見合わせて首をかしげる。

夏実 (慌てて)あ、じゃあこっちでは何が流行ってるの?
生徒 田舎だからなあ。
生徒 やっぱり女の子はリリアンかな。
夏実 何?
生徒 こういうの。
生徒 あ、学校に持ってきちゃいけないんだぞ。
生徒 しー、あんただってこの間スパイセット持ってきてたじゃない。
生徒 だってスパイは常に危険と隣り合わせだからな。
夏実 ミサンガにしては太いよね。
生徒 何?ミサ、何?
夏実 ミサンガ。あのねこうやって腕につけるのよ。ほら。
生徒 あ、かわいい。リリアンみたい。
夏実 願い事をね、するのよ。それでこのミサンガが切れた時にその願いが叶うって言われてるの。
二人 ハサミ、ハサミ。
夏実 わざと切っちゃ駄目なの、それが自然に切れた時願いが叶うのよ。
生徒 じゃあ私このリリアン巻いて願い事しようっと。
夏実 作り方教えてあげる。
生徒 え、作れるの?
夏実 確か、鞄に。
生徒 わーい、ミサンガミサンガ。
二人 大切なことを思い出せますように。
夏実 また変なこと言ってる。
二人 なにかこう、あ、そういえばみたいな。
夏実 別に。
二人 あれ。
夏実 だって懐かしいテレビの世界に迷い込んだみたいで面白い。
二人 (お互いに)これって失敗してないか?

   チャイムの音。先生が入ってくる。

先生 はい、2時間目は学活です。学活でいいんだっけ。
全員 はい。
先生 はい、みなさん。もうすぐみなさんの待ちに待った夏休みですね。
生徒 先生、1時間目にも聞きました。
先生 だって先生だってうれしいんです。
生徒 先生だって夏休みだもんね。
先生 そうでもないのよこれが。研修もあるしね。
全員 研修。
先生 その夏休みを有意義に過ごすためには、しっかりとした夏休みの計画を 立てなければなりません。宿題にしていましたがやってきましたね。
夏実 え、宿題?…やってない。
先生 じゃあ最初は珠代さん。
生徒 はい。
先生 えーっと、七月二十五日、東大寺、七月二十六日、興福寺、七月二十七 日、薬師寺。これ全部奈良のお寺の名前じゃないですか。
生徒 今年の夏は仏像三昧。レッツ見仏記です。好きな仏像は蔵王権現です。 蔵王権現!(真似をする)
先生 先生はどちらかというと京都スイーツ巡りのほうがいいわ。じゃあ次、 静香さん。
生徒 はい。
先生 えーっと、七月二十五日、プール。七月二十六日、プール。七月二十七 日、プール。毎日プールね。夏休み中ずっと泳いでるつもり。
生徒 いえ、泳ぐんじゃなくて、焼くんです。
先生 え?
生徒 コムギイロノハダです、先生。
先生 先生お肌の微妙な年齢ですから日焼けはちょっと。もっとまともな計画 を立ててる人はいないの?
二人 先生。
先生 どれどれ、七月二十五日、家族で海水浴。お、いいですね。七月二十六 日、家族でバーベキュー。七月二十六日、家族で花火。理想的なファミリーですね。七月二十七日、公園へ散歩。ずいぶん細かい計画ですね。
二人 あの日は特に予定がなかったんです。午前中は暑かったけれど、午後に なると涼しい風が吹いてきて、ちょっと散歩にでも出掛けようかな、そんな 気分になったんです。そうだ、あの公園にオニヤンマを見に行こう。
夏実 オニヤンマ。
二人 オニヤンマだったらあの公園で見たことがある。私は公園に向かいまし た。でもオニヤンマは見つからなかった。
夏実 オニヤンマ見たじゃない。一緒に。
二人 でもあの時は見つからなかった。
夏実 あの時。あの日の公園。あの日の空。あの日の夕暮れ。
先生 最後は夏実さん。あら、夏実さん、何も書いてないじゃないですか。
夏実 はい。
先生 計画を立てなかったんですか。
夏実 はい。
先生 どうして。
夏実 ごめんなさい。私ウソをつきました。本当は宿題を忘れてきたんです。 違う、それもウソ。宿題を忘れたふりをしていたんです。
全員 夏休みの宿題。絵日記。工作。昆虫採集。自由研究。
二人 宿題は作文です。あなたの将来の夢は何ですか。

   チャイムの音。

先生 3時間目は学活です。
夏実 あれ、休み時間は。
先生 忙しいので省略します。
全員 省略。
生徒 先生、学活は2時間目にやりました。
先生 はい、みなさん。もうすぐみなさんの待ちに待った夏休みですね。
生徒 先生、それも1時間目からずっと聞いてます。そんなにうれしいんですか、先生。 
先生 うれしい。でもそんな楽しい小学校の夏休みも残念ながらこれが最後です。
全員 悲しい。
先生 でも、みんなの夏休みはこれで終わりですが、先生の夏休みはこれからも続きます。
全員 ずるい。
先生 ずっとずっと永遠に続くんです。
全員 ずるいずるい。
先生 あーはっはっは。
生徒 やっぱり先生は夏休みがあるから先生になったんですね。
先生 さてそんな最後の夏休みが終わると、いよいよみなさんも卒業です。
生徒 早すぎませんか先生。
先生 準備に早すぎるということはありません。今日はその卒業の思い出として、タイムカプセルを作ります。
夏実 タイムカプセル?
先生 そうです。タイムカプセルです。卒業間際になってしまうと色々と忙しいですし、雪も降るので埋めるのがたいへんです。
生徒 埋めるんですか。
先生 先生寒いのは苦手です。だからこの暑い夏のうちにやっておくのがいいと考えたんです。
生徒 何を埋めるんですか。
先生 たとえば今みんなが大切にしている宝物とか。
生徒 犬のシロ。
先生 動物はちょっとだめだね。たとえば未来の自分にあてた手紙とかね。
生徒 未来の自分って何ですか?
先生 今みんなが生きているこの瞬間が現在ね。
全員 現在。
生徒 じゃあ幼稚園だった時は。
先生 それは過去。
全員 過去。
生徒 じゃあ生まれる前は。
先生 それもまあ過去かな。
生徒 じゃあ死んだ後。
先生 君たちはちょっと極端ですよ。もう少し近い未来を考えましょう。
全員 極端。
夏実 大人になったら。
先生 そうそう。
二人 高校生になったら。
先生 そうそう。だから五年後十年後は、きっと今とは違う自分になっている はずなのよ。
夏実 今とは違う自分。
生徒 だったら思い切って百年後に開けよう。
先生 うん百年後でもいいんだけどさ、年を取るとさ、色々なことを忘れてしまったりするじゃない。
全員 ボケ老人。
先生 言ってないでしょ。
生徒 あ、うちのばあちゃん
先生 だからこのカプセルを埋めたこと自体を忘れてしまったらさ、開けよう にも開けられないじゃない。
生徒 そうか。
生徒 先生も埋めた?
先生 先生も子供の頃に、自分の家の庭に埋めました。でも1年が待ちきれず に掘り出したんです。でも掘り出そうと思ったら結局どこに埋めたかを忘れちゃって。
全員 ボケ老人。
先生 だからちゃんと目印のある所に埋めなきゃだめですよ。たとえば大きな 木の下とか。
全員 大きな栗の木の下で。(歌う)
夏実 タイムカプセル。目印。大きな木の下。
生徒 5年後って高校生だね。
生徒 何してるかな。
夏実 大きな木。そうだ、大きな銀杏の木。

   チャイムの音。

先生 4時間目ももちろん学活です。
生徒 もうこうなったらずっと学活でいいです。
生徒 先生、学活もちょっと飽きてきました。観客の気持ちも考えて下さい。
先生 夏休みが終わると今度は学芸会です。
夏実 まだ夏休みも始まっていないのに。
先生 準備に早すぎるということはありません。今年の劇はオリジナルです。 創作です。先生頑張っちゃいました。何しろ最後の学芸会ですからね。登場人物は高校生です。みんな未来の自分を想像して演じてくださいね。
全員 創作。

   先生が台本を配る。

先生 場面は美術部の部室です。美術部の部室は3階の生物準備室の隣ですよ。
夏実 先生、気のせいかすごくリアルな感じがするんですけど。
先生 気のせいです。この場面は何気ない日常会話の中にちらっと夏実の悩みが垣間見えるというそんな場面です。それではやってみましょう。

   チャイムの音。美術部の部室。

生徒 あれ、今日は早いね。
生徒 ほんとだ。
夏実 今日、三者面談なのよ。
生徒 まだ終わってなかったんだ。
夏実 西園寺先生、スタートが遅かったみたいでさ。
生徒 あの先生ちょっと変わってない。
夏実 そうかな。
生徒 個性的だよね。
夏実 そうかな普通だと思うけど。
生徒 夏実は2年続けて担任だからね。慣れたのよ。
夏実 そうかな。
生徒 あれ、どうしたの今日は全員集合だね。
生徒 ほんとうちの部ってさ、全員そろうこと少ないよね。
生徒 まあみんなマイペースだから。
夏実 珠代は面談終わったの。
生徒 とっくに終わったよ。
夏実 なんか聞かれた?
生徒 そりゃあ聞かれるでしょ。面談なんだから。
夏実 やだなあ、具体的なこと聞かれると。
生徒 もう2年生なんだからしっかり第一志望言えないとだめだって。 
夏実 第一志望か。困るなあ。
生徒 夏実は美大行くんでしょ。
夏実 まさか、行かないよ。っていうか行けないよ。
生徒 もったいないじゃん。才能あるんだからさ。
夏実 才能って言ってもねえ。
生徒 だって私なんかと比べものにならないよ。
生徒 あんたと比べられることが不本意だと思うよ。
生徒 なによ。
夏実 だってお金かかるし、うちはそんなの無理だよ。
生徒 そっか、うちも兄弟多いからなあ。
生徒 夏休み、講習どうする?
生徒 みんなは。
生徒 一応。
生徒 ねえ。
夏実 どうしようかな。
先生 はい、いいですよ。なかなかのリアリティですね。でも珠代ちゃんはちょっと棒読みだから注意してね。
生徒 はーい。
先生 じゃあ次に行きますよ。ここからがね、急展開ですからね。主人公はふ と思い立って一人公園にやってきます。ここは子供の頃よく遊んだ公園ですが、今ではさびれて、子どもたちもあまりやってきません。
夏実 あの時の公園。
先生 白い雲、セミの声。…セミの声。ほら、セミの声よ。
生徒 ツクツクボーシツクツクボーシ。
先生 うーんちょっとイメージ違うわ。午後なのよ。
生徒 カナカナカナカナ。
先生 うん、いいじゃない。そんな感じ。さて、高校生の夏実さんは自分の将来について悩んでいます。
夏実 なんかやっぱりすごくリアルなんですけど。
先生 気のせいです。このへんにベンチがあるといいわね。ちょっと持ってき て。うんその辺でいいわ。じゃあ夏実さん座ってみて。
夏実 こうですか。
先生 うん、そんな感じ。とってもリアルよ。
夏実 そ、そうですか。
先生 じゃあ、ちょっと空なんか見上げてみて。
夏実 (急に立ち上がり)あ、あの雲。
先生 夏実さん。そんなセリフないわよ。
夏実 あ、すみません。
先生 アドリブ禁止ね。
夏実 すみません。
先生 そこへ不思議な小学生がやってきます。
二人 僕たちは不思議な小学生です。
夏実 これは夢なのそれとも現実?
先生 彼らは小学生に見えますが、実はあの世から現世に戻ってきたのです。
全員 現世。
先生 二人はもともと一人の人間でしたが。
夏実 やっぱりそうだったんだ。
二人 ばれてたじゃないか。
先生 その日はたまたま大人の魂を乗せる体が空いていなかったんです。小学 生の肉体は大人一人の魂を乗せることはできません。
夏実 そういうこと。
先生 二人はあの世から銀河鉄道に乗って戻ってきました。
夏実 先生やっぱり好きなんですね。
先生 あの世が?
夏実 いえ、宮沢賢治が。
先生 何の話?
夏実 いえ、何でも。
先生 アドリブ禁止ね。
夏実 はい。
先生 二人は切符をなくしてしまい向こうの世界に帰れません。明日の夜、銀 河鉄道がステーションにやってくる時間までに、それを見つけ出さないと、二人は永遠に帰れなくなってしまいます。そして二人は呪縛霊となって。
生徒 先生、ホラーなんですか。
先生 いいえ、ファンタジーです。夏実が封印してしまったものとは何か。そ れを解く鍵は、夏実の小学校時代の思い出の中にある。
夏実 思い出の中に。
二人 (お互いに相手を指さして)結論を急ぐぞ。
夏実 何?
二人 (お互いに相手を指さして)核心に触れるぞ。
夏実 なんか君たちまた変なこと言ってるね。
二人 死んだ人間はたった一日だけこの世に戻ることができるんです。
夏実 初めて聞いた。
二人 悟空だって一日だけ天下一武道会のために戻ってきました。
夏実 それはマンガでしょ。
二人 たとえばこの世に言い残したこととか、やり残したことがある人は、そ れを片付けに来たり。
夏実 何かやり残したことがあるの。
二人 言い残したこと。
夏実 じゃあ私が代わりに言っといてあげるわよ。
二人 それは無理。
夏実 どうして。
二人 物理的に。
全員 物理的。
二人 ということで協力してもらえませんか。
夏実 どうすれば帰れるの。
二人 まず言い残したことを伝えること。
夏実 まあそのために来たんだもんね。
二人 銀河鉄道の切符を見つけること。
夏実 それよ。どこにあるのよ。みどりの窓口で売ってる?
二人 その手がかりをあなたが持っているのです。
夏実 なんで私が。
二人 そこはお芝居なので。(先生を見る。)
先生 はい、脚本に文句を言わない。
二人 どうしてもあなたの力が必要なんです。あなたは何かあなたの大切なものと一緒にそいつをしまい込んでしまった。あなたがその大切なものを思い 出せば、切符は見つかるはずなんです。
夏実 私の大切なもの。
二人 あなたは忘れているだけなんです。忘れたふりをしているだけなんです。遠い記憶の彼方に置いてきてしまったんです。
夏実 どうすれば思い出せるの?
二人 それは僕たちと過去へさかのぼって。
夏実 だからさかのぼったじゃない。
先生 夏実さん。そんなセリフないわよ。
夏実 すみません。
先生 アドリブ禁止ね。
二人 小学校時代に戻って僕たちと一緒に劇をするんです。
夏実 だからやってるじゃない。
先生 夏実さんったら。
夏実 すみません。何度も。
二人 後ろを見てごらん。
夏実 あれ、こんなのあったかな。ていうか前にこんな場面なかったかな。
二人 ヒューム管っていうんだ。
夏実 どこかで…。そうだ、ドラえもんで、みんなが野球やってる空き地に置いてあるやつだ。
二人 そうそう。
夏実 のび太が中で泣いてるやつね。
二人 もう一度あの頃の夏に帰ってみたいと思わないか。
夏実 あの頃の夏。
二人 夏実の夏は夏休みの夏。
夏実 どうして、私の名前。
二人 さあ目をつぶってここを通り抜けるんだ。もういいよっていうまで目を開けちゃだめだ。
夏実 かくれんぼみたいだね。(目をつぶる)
二人 さあ遠い昔に置いてきてしまった大切なものを探しに行こう。
先生 はい、ここでナレーション。
生徒 先生は、黒板に吊るした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問いをかけました。
生徒 ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだ と云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。
生徒 カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。
生徒 たしかにあれがみんな夢なんだと。
夏実 え?星でしょ。
生徒 たしかにあれが夢なんだと分かっていたのですが、このごろジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、特にお昼を食べた後の五時間目の現代文の時間がねむく。
夏実 え?
生徒 なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。
生徒 ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。
生徒 ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいま した。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生が また云いました。
生徒 大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。
生徒 やっぱり夢だと。
夏実 だから、星でしょ。
生徒 やっぱり夢だとジョバンニは思いましたが、こんどもすぐに答えること ができませんでした。
生徒 ではカムパネルラさん。
生徒 するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち 上ったままやはり答えができませんでした。
生徒 このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな夢でできているのです。ジョバンニさんそうでしょう。
先生 はいカット。
夏実 先生なんかお芝居の感じが急に変わったんですけど。
先生 あれ、分かっちゃった。ちょっとね、先生の創作じゃページが足りなかったから借りてきちゃった。宮沢賢治の銀河鉄道の夜。
夏実 やっぱり好きなんじゃないですか、先生。
先生 まあね。どっちかって言うとね。なんとなくよ、なんとなく。でもね、なんとなくでも好きなものはあったほうがいいと思う。そして好きなことは少々無理があってもやってみるのがいいと思う。無責任に聞こえるかもしれないけどさ。
夏実 先生。
先生 夢とか将来とか大げさな言葉でなくてもいいじゃない。
夏実 好きなこと。
二人 あの日は特に予定がなかったんです。午前中は暑かったけれど、午後になると涼しい風が吹いてきて、ちょっと散歩にでも出掛けようかな、そんな気分になったんです。娘を誘うとめずらしく一緒に行くと言います。最近娘はつきあいが悪い。そうだ、あの公園にオニヤンマを見に行こう。
夏実 オニヤンマ。
二人 オニヤンマだったらあの公園で見たことがある。昆虫採集の王様オニヤンマを娘に見せてやろう。私は公園に向かいました。でもオニヤンマは見つ からなかった。
夏実 さっき見たじゃない一緒に。
二人 やっと夢が叶ったよ。
夏実 父の記憶とともに封印してしまった私の夢。
二人 夏実の夏は夏休みの夏。
夏実 私の名前。
二人 さあ目をつぶってここを通り抜けてこい。もういいよっていうまで目を開けちゃだめだ。
夏実 かくれんぼみたいだね。(目をつぶる)

   静かに目を開ける夏実。

夏実 そうこの公園。あの時の空。あの時の夕暮れ。だって父さん、夢の途中でいなくなっちゃうんだもん。
二人 夕暮れの公園で僕は君に話しかけたかった。
夏実 大銀杏の根もとに埋めたタイムカプセル。樹齢百年にもなる大銀杏。戦争も、震災も見て来た大銀杏の木。
二人 思い出したんだね。
夏実 タイムカプセルの中の閉じ込めてしまった大切なもの。私の夢。

   カプセルを掘り出す夏実。中からは一通の手紙。

夏実 これは、手紙。でも私の字じゃない。

   手紙を開いて読みはじめる夏実。

夏実 5年後の夏実へ。この手紙を読む頃にはもう君は高校生になっているんですね。合格おめでとう。元気に頑張っていますか。びっくりしたでしょう。夏実には秘密で、この手紙をタイムカプセルの中に忍び込ませたんです。学校から帰ってきたら感想でも聞かせて下さい。手紙なんて書いたことがないから、直接話をするより緊張します。
  昨日君と久しぶりに行った公園。残念ながらオニヤンマは見られませんでした。確かあの公園で見かけたと思ったんだけどなあ。ベンチに座って、そういえば最近あまりちゃんと話してなかったなあと思って、話しかけようとした瞬間、見上げた空に、大きなまるでくじらみたいな白い雲がぽっかりと浮かんでいたのに気をとられ、つい忘れてしまいました。
  未来の君へ三つのお願いをしようと思います。一つ目は、健康でいて下さい。君は小さい頃は体が弱くて病気ばかりしていました。病院の診察券を束にするとまるでトランプのようでした。健康で丈夫な体に成長していることを祈ります。二つ目は、たくさん本を読んで下さい。君は小さい頃から本が好きでした。きっと今は勉強でとても忙しいだろうけれど、暇を見つけて本を読んで下さい。三つ目です。夢を持ち続けて下さい。君が七夕の短冊に初 めて書いた願い事は「くじらにのりたい」でした。その願い事がだんだんと大人びていくのを父さんは少し寂しい気持ちで眺めていました。どんな夢でもいいんです。どんなに大きくても。どんなに小さくても。でもそれをいつまでも持ち続けて下さい。そしてあきらめないで下さい。
  もうすぐ夏休みですね。小学校で最後の夏休みです。おもいっきり楽しんで下さい。父さんはあんまり休みが取れないし、一週間ハワイってわけにもいかないけど、できる限り家族で過ごしましょう。海水浴。バーベキュー。花火。君と一緒にいる時間が父さんにとってはかけがえのない時間です。
先生 はい、ここでナレーション。
生徒 赤い帽子をかぶった背の高い車掌が、いつかまっすぐに立っていて云いました。
生徒 切符を拝見いたします。
夏実 え?私?
生徒 ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしかしたら上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳んだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。
夏実 (切符を差し出し)父さんこれ。
二人 それはお前の切符だ。
夏実 私の、切符?
二人 お別れの時間がきたようだね。
夏実 父さん。夢なんだからせめてもう少し一緒にいて。一人でいいから。
二人 もうじき列車の来る時間だ。

   だが、列車はやって来ない。

二人 おかしいぞ。切符は見つかったのにどうして列車がやってこないんだ。
生徒 銀河鉄道はこの世のどこかにある銀河ステーションに到着します。
生徒 その銀河ステーションがまだ見つかっていないんです。
夏実 銀河ステーション。
先生 きっとこの劇が終わっていないからだわ。この劇をみんなの力で終わらせるのよ。でないとあなたも帰れないわ。
夏実 私も?
先生 さあ劇を続けましょう。でも困ったわね。
夏実 どうしたんですか。
先生 銀河鉄道の夜は未完の作品なのよ。
全員 えー。
生徒 いつかジョバンニの眼のなかには涙がいっぱいになりました。
夏実 そうだ僕は知っていたのだ、もちろんカムパネルラも知っている。銀河は夢で出来ている。それはいつかカムパネルラといっしょに読んだ絵本に中に書いてあったんだ。それをカムパネルラが忘れるはずがない。なのにすぐ に返事をしなかったのは、それを忘れてしまった僕のことがとても悲しかったからなんだ。
全員 このひとつひとつの光る粒がみんな私たちの夢なのです。川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものは、それでも近づいてみれば、ひとつひとつがきらきらと輝く夢の一粒一粒なのです。
夏実 私、必ず夢を叶えてみせる。

   汽笛の音。

夏実 これは。
全員 銀河鉄道。
生徒 そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪(てんきりん)の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍のように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。
夏実 これは、ヒューム管。
二人 ここが銀河ステーション。あの世とこの世の分かれるところ。さあ列車に乗ろう。私は上り。お前は下り。
生徒 さあ、急いでください。出発の時間が迫っています。

   汽笛の音。

夏実 父さん。元気でね。…元気でねっておかしいよね。
二人 十年後のタイムカプセルを楽しみにしているよ。
 
   汽笛の音。手を振る夏実と父。

全員 さようなら。
夏実 さようなら。
生徒 (腕を見て)あ、夏美ちゃんのリリアン、切れてるよ。
夏実 あ、ほんとだ。でも、ミサンガだけどねー。

   次第に遠ざかる汽笛の音。暗転。

   4場

   気がつくと元の公園である。目の前に二人の小学生。

夏実 あれ、戻ったのかな?ねえねえ、ここはどっちの世界。銀河鉄道は?
二人 なんか変なこと言ってるけど。大丈夫。

   怪訝そうな顔で離れていく二人。ヒグラシの声。

夏実 おかえり、父さん。

   立ち上がり歩き出す夏実。
   二人が戻ってきて、夏実の行方をじっと見つめる。安心したように退場。
   しだいに夕焼けに染まっていく公園。         

                                幕

宮沢賢治「春と修羅」(青空文庫版)の一部を引用。
   宮沢賢治「銀河鉄道の夜」(青空文庫版)の一部を引用。
成井豊「ナツヤスミ語辞典」(白水社)の一場面を参考にしています。
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