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しあはせのことのは![]() 上演校名:宮城県石巻北高等学校(2016年)
作 :準&演劇部 人数 :男子4名・女子5名,その他 上演時間:約57分 キャスト ・大地…高校二年生の男子 ・父…大地の父親。 ・母…大地の母親。 ・朱音…大地の妹。中学校二年生。 ・蒼空(そら)…大地の同級生。男子。 ・咲良(さくら)…大地の同級生。女子。 ・芽生(めい)…大地の同級生。女子。 ・先生型ロボット…AND、アンドー先生。 ・女性型ロボット…AI。 ・ロボ&群衆たち ME: 幕がゆっくりと上がる。 上手側に屋上の手すりのような台、下手側に黒い壁のようなものが立ち並ぶ。 舞台には大小さまざまな箱がおいてあり、中央には大きな箱がおいてある。 その箱の前には一人の少年(大地)がいる。大地、ゆっくりと箱を開けていく。煙が立つ。 中にはロボ女がいて、徐々に起き上がっていく。大地、箱の中から説明書を取り出し、見る。 大 地:起動スイッチを押した後は音声によって設定の仕方をガイドします。再起動後に様々な設定の入力が可能…。起動スイッチの場所は…。首の後ろ? 大地、説明書からおそるおそるロボットを見る。 大 地:いやあ、なんとなく抵抗があるな。ロボットとはいえ、見た目は女の子だし。 大地、起動スイッチを押そうとするが、なんとなく手を引っ込める。 大 地:ごめんなさい。なんだか眠っている女の子にイタズラしている罪悪感が…。 大地、ボタンを押した後、すぐさま腕を引っ込める。 大 地:あれ?動かない。ボタン押し間違えたかな? 大地、もう一度、ボタンを押そうとする。その瞬間、ロボ女の目が開き、大地の腕を捕まえる。 大 地:(驚いて)え、ええ!あ、ごめんなさい。邪な気持ちがあったわけではありません。許してください。 ロボ女、大地の目をまっすぐに見る。 大 地:(ビクついて)あ、ごめんなさい。嘘です。邪な気持ちがあったかもしれません。でも、男子高校生が抱くくらいのほんの些細な好奇心です。どうか許してください。 ロボ女:このたびは、IX―2038をお買い上げいただきありがとうございます。 大 地:あ、はい。 ロボ女:「この製品の特長ガイドをお聞きになりたい場合」は、起動スイッチを2回押してください。「すぐにセットアップする場合」は、そのままお待ちください。 大 地:(息をつきながら)ああ、びっくりした。 大地、説明書を読む。 大 地:…「ロボット起動後、お客様の体の一部をつかみます。これは、セットアップする人物を確認するためです。怪我をなさいませんようお気をつけください」…いや、心臓に悪いでしょう。 ロボ女:「すぐにセットアップする」を、選択いただきました。それでは、初期設定、人格モードを確定してください。初期で選べるモードは次の五つです。 大 地:五つから選ぶんだね。 ロボ女:1、妹モードを選ぶ場合は左腕を。2、姉モードを選ぶ場合は頭を。3、母親モードを選ぶ場合は両耳を。4、 おばあさんモードを選ぶ場合は胸を3秒間触れてください。 大 地:(照れて)む、胸って…。おばあさんモードを選ぶやつなんていないだろ? ロボ女:なお、どこも触れないまま5秒間すると、兄貴モードになります。 大 地:兄貴モード! ロボ女:(早口で)1・2・3・4…。 大 地:うわあ。 そう言って慌てて左腕をつかむ大地。 ロボ女:なお、兄貴モードというのは冗談です。 大 地:兄貴な感じで来られたらどうしよう、と思ったよ。 ロボ女:妹モードが選択されました。 大 地:え?あ、左腕触ってたんだ。 ロボ女:再起動後、「妹モード」に移行します。セットアップ日、2038年11月9日。 大 地:しかし、肌の感じも人間と変わらないんだな。 そういって、大地、ロボ女の手を握っている。そこへやってくる妹の朱音 朱 音:お兄ちゃん、何を騒いでいるの? 朱音、ロボ女と手を握り合っている大地を見て固まる。 朱 音:え?お兄ちゃん? 大 地:お、朱音か。 朱 音:お兄ちゃん、何しているの? 大 地:何って? 朱 音:(大きい声で)お父さん、お母さん!お兄ちゃんが、不潔だよ。 大 地:馬鹿野郎。お兄ちゃんは毎日風呂に入ってるよ。 その時、大地、自分がロボ女の手を握っていることに気づく。 大 地:(手を離して)ま、待て、朱音。ご、誤解だ。 朱 音:(からかい笑いをしながら)信じられないことに、信じられないことにお兄ちゃんが女の人を部屋に連れ込んでいる。天変地異が起こるよ。すぐに避難しないと。 そう言いつつ、ハケる朱音。 大 地:ま、待って、朱音。違うんだ。ロボットなんだよ。 朱音を追おうとする大地。しかしロボ女に腕をつかまれているため追うことができない。。 ME: 照明、転換。 隅にいたロボットたち起動し始める。 大地、ようやくロボ女の腕を振りほどき、朱音を追いかける。 袖からアンドロイドたちが現れ、作業を始める。ロボットの部品を動かしたり、建物を形成したりする。 ロボ女、ゆっくりと起動し、動き始める。 舞台はロボットと人間たちが共存している社会を表す。上手側に学校を、下手側に家のリビングを形成する。 咲 良:(笑って)災難だったね。 大 地:本当だよ。朱音のやつ、父さんと母さん呼んできてさ。 蒼 空:なんて言ってた? 大 地:それが、「大地もそういう年になったのか、母さん、今日は赤飯だな」って。 蒼 空:(笑って)なんだよそれ。 大 地:母さんなんて、「あら、じゃあごあいさつしなきゃ」って。 咲 良:大騒ぎだね。 大 地:ロボットを起動させたのは自分たちなのに、分かっててわざと言ってるんだぜ。 蒼 空:お前んちの親、本当に面白いな。 咲 良:じゃあ、朱音ちゃんだけ知らなかったの? 大 地:そう。 芽 生:朱音ちゃんだって、普通に考えれば、大地が部屋に女をつれこめるかどうかわかるだろうに。 大 地:あいつロボットってわかった途端、なんて言ったと思う? 芽 生:やっぱりね、とか? 蒼 空:朱音ちゃんだからな。もっとひどいこと言うんじゃね? 大 地:さすが、蒼空。「お兄ちゃん、本物の女にもてないからって、ロボット相手に不潔、最低、ドン引き」。 芽 生:(笑って)さすがにひどいね。 咲 良:仲いいよね。兄弟で。 そこへ、ロボ先生(以下AND)やってくる。 AND:おはようございます。 四 人:おはようございます。 AND:おや、今日は四人ですか? 蒼 空:はい、アンドー先生。今日も四人です。 AND:そうですか。では授業を始めましょうか。 芽 生:はいはい。 しかし、特に机に向かう様子もない四人。 AND:昨日はたしか、産業革命、IT革命が経過した後の生活の変化についてでしたね。 ロボ女、遠く離れたところに現れ、家事をし始める。 蒼 空:で?どうなの?新しく届いたロボ。 大 地:ああ、うちにはロボットは不要だとか言ってたんだけど、実際来てみたらすごい便利。 咲 良:大地の家だけだったもんね。ロボットが入ってなかったのって。 蒼 空:だよな。なんで急に入れることにしたの? 大 地:さあ。 AND:ロボットが急速に家庭に入り始めたのは、大震災がきっかけでした。 芽 生:大震災ね…。正直イメージわかないよね。 AND:おや?どうしてですか? 蒼 空:だって、地震が起こったくらいでそれまでの生活が変わるっていうのがな。 咲 良:地震が起こった後の二次災害が大変だって聞いたけど。 AND:そうですね。地震が起こることにより、津波が起きたり、火災が起こったりするわけです。原発問題が発生したこともありました。 大 地:それがロボットと何か関係するんですか? AND:人間はそういった状況に陥るとパニックになりますが、ロボットはそんなことはありません。冷静に考え行動することができます。 咲 良:でも、最新のロボットは感情があるように動いているものもありますよね。 AND:そうですね。感情という言い方がふさわしいかはわかりませんが、ロボットは質問の意図や状況を考え、最も効率の良い行動を選ぶことができます。 蒼 空:効率ね…。 AND:さらに、普段は人間との生活の中に入り込み、有事には緊急出動できるというのも利点ですね。 芽 生:先生はどうですか? AND:先生だって、何かあったら君らを助けるために頑張りますよ。 咲 良:アンドー先生、期待してますね。 AND:任せてください。 蒼 空:で、おまえんちのロボットは「妹モード」になっちゃったんだっけ? 大 地:そうそう。それでまた、朱音のやつが怒っちゃってさ。「私というかわいい妹がいるのに、妹モードってどういうこと」って。かわいくねーし。 咲 良:えー、朱音ちゃんかわいいじゃん。 大 地:しゃべらなければかわいいのかもしれないけどな。 芽 生:うわ、なにそれ?シスコン? 蒼 空:朱音ちゃん、いつも大地をからかってるよな。 大 地:そう、だから朱音は憎たらしいという事実だけが残る。 芽 生:本当に仲のいい兄弟だね。 AND:では、テストをしましょう。 大 地:何のテストですか? AND:何のって、授業なんだから、今まで勉強したところの内容ですよ。 蒼 空:うわ、アンドー先生、それは勘弁してよ。 芽 生:先生だけはそんなことはしないと思っていたのに。 AND:教師がテストをしないってことはありえ、 大 地:ん? ANDの調子が悪くなる。 AND:ありえ、な、 AND、完全に動きを停止する。 蒼 空:ラッキィー。 芽 生:天は我らに味方した。じゃあ、台車持ってくるよ。 咲 良:アンドー先生、最近調子悪いね。 芽 生:旧式だから、ロボ先生じゃなくて、ボロ先生になったか。 咲 良:それはさすがにひどくない?とりあえず、アンドー先生のこと、職員室に連れて行かなきゃ。 蒼 空:そうだな。 芽 生:(含み笑い)蒼空、私と一緒に職員室に連れて行こう。 蒼 空:え?珍しいな。芽生がそんなこと言うなんて。 芽 生:えー、そう?この前は、大地が連れて行ったし。たまには、私が行こうかなって。 蒼 空:(サラッと)そっか、行ってらっしゃい。 芽 生:おいコラ、蒼空。か弱い私だけで、アンドー先生連れていけるわけないだろ。 大 地:じゃあ、芽生、俺が連れて行くから。 芽 生:いいんだよ、お前は黙って咲良と教室で待ってろい。 咲 良:芽生! 大 地:(芽生に)なにも、怒んないでいいだろ。 芽 生:さて、蒼空、行こうか 蒼 空:(咲良をチラッと見て)あ、ああ。しょうがないな。先生、少しは動けます? AND:うごけま、 AND、少し動き、台車の上に乗る。大地、教卓を壁際にずらす。 AND:せん。 芽 生:とりあえず、ここまで乗ってくれたらOK。 蒼 空:じゃあ、ちょっと行ってくる。 大 地:了解。 芽生と蒼空、ANDを連れて出ていく。 なんとなく、落ち着かない咲良。何も気づいていない大地 咲 良:今日は授業終わりかな? 大 地:充電に時間かかるだろうからね。 そこへ、朱音が入ってくる。 朱 音:あ、いた。 大 地:げ、朱音。 朱 音:げ、って何よ。妹の顔見て、何が、げ、よ。 咲 良:こんにちは、朱音ちゃん。 朱 音:咲良さん。こんにちは。お兄ちゃんの相手してくれてたんですか?大変ですね。 大 地:何が大変なんだよ。 朱 音:話のレベルを合わせるのが。 大 地:お前! 咲 良:昨日は大変だったみたいだね。 朱 音:咲良さん。聞いてくれます?お兄ちゃんが部屋で女と二人で。 咲 良:ロボットだったんでしょ? 朱 音:なんだ。もう話してたんだ。しかも、私というかわいい妹がいるのに、「妹モード」にしたんですよ。信じられないですよね。 大 地:俺には妹はいるけど、かわいい妹はいないからな。 朱 音:ああ?聞きました?かわいい妹がほしくて「妹モード」にしたんだって、変態! 大 地:ち、違うだろ。「妹モード」になったのは偶然だって。 朱 音:どうだか。 咲 良:本当に仲良いね。 大&朱:全然。 咲 良:息ぴったり。 大 地:お前、それで何しに来たんだよ。 朱 音:今日も手伝ってよね。いつもの場所に集合。 大 地:今日も探すのか? 咲 良:何か探してるの? 朱 音:四葉のクローバー。 咲 良:クローバー? 朱 音:そう。お母さんから聞いたんだ。四葉のクローバーを見つけると幸せになれるって。 咲 良:今なら普通に遺伝子組み換えした四葉のクローバーあるじゃない。 大 地:そういうのじゃダメなんだよ。自然に生えてる物じゃないと。 咲 良:そっか。 大 地:それと、自分で見つけなければ意味ないんだって。ま、願掛けみたいなものさ。 朱 音:ということで、今日も行くから。「秘密基地」に集合。 大 地:はいはい。 そこへ慌てた様子の蒼空戻ってくる。 蒼 空:あれ?朱音ちゃん? 朱 音:(急に女らしく)あ、蒼空先輩。こんにちは。 大 地:なんか急に態度変わってないか? 朱音、大地の足を踏む。 大 地:ぐ。 蒼 空:どうした?大地? 朱 音:どうしたんでしょうね。 蒼 空:大地悪いんだけどさ、やっぱり手貸してくれない? 大 地:なに? 蒼 空:芽生と一緒に台車に乗ってアンドー先生運んでたんだけど。 大 地:ああ。 蒼 空:調子にのってスピード出してたら廊下曲がりきれなくて…。 咲 良:え? 蒼 空:遠心力で、アンドー先生吹っ飛んだ。 朱 音:アンドー先生? 蒼 空:そう。あのままの格好で。こう、ピューっと。 大 地:わかった。行こう。 朱 音:それで、芽生さんは? 蒼 空:アンドー先生の下敷きになっている。 大 地:は? 咲 良:い、急いでいかなくちゃ。 そう言って、四人ハケる。 ロボ女のところに母と父、出てくる。父は体調が悪そうな母を気遣いながら現れる。 母 :(体調悪そうに)思ったより、遅くなっちゃったわね。 父 :(母を気遣いながら)少し休んだほうがいいんじゃないか。 母 :大丈夫よ。(ロボ女を見て)あなたが来てくれて、助かったわ。 父 :家族が一人増えたみたいで、なんかいいな。 母 :そうね。 ロボ女:カゾク? 母 :そう、家族。 父 :そうだな。家族なら名前も付けなくちゃな。 ロボ女:名前なら、昨日、大地につけてもらったよ。 母 :へえ、なんて? ロボ女:「製品番号なんだっけ、IX―2038?じゃあアイでいいな」。 母 :適当ね。 父 :あいつ、やっぱり頭悪いんだな。 そこへ、大地と朱音、帰ってくる。 朱 音:ただいま。 父・母:おかえり。(母、立ち上がる) ロボ女:お帰りなさい。 大地、むすっとした顔をしている。 母 :あら。まだ昨日のこと怒ってるの? 大 地:別に。 父 :嘘をつけ。父さんにはわかるぞ、大地は怒っている。 朱 音:だれがどう見てもわかるでしょ。 大 地:うるさいな。 父 :別に父さんは、大地がアイちゃんが好きでも構わないぞ。 大 地:は? 父 :だって、あれだろ、現実世界で全然女の子にもてないから仕方なく…。 大 地:何だよそれ?俺、そんなにさびしいやつじゃないし。 父 :きっと、女の子と話したこともないんだろうな。もてそうにないし。 朱 音:お父さんの息子だもんね。 母 :あら、朱音。お父さん、昔は格好良かったのよ。 父 :母さん、どうして過去形なのかな? 朱 音:お母さん、目が悪かったのね? 母 :あら、人間顔が大事じゃないのよ。。 朱 音:よかったね。お兄ちゃん、人間の顔じゃないって。 父 :こら、朱音。本当のことでも言っていいことと悪いことが。 大 地:ああ、もううるさいな。俺のこと、馬鹿にしてんのか? 父・朱:うん。 大 地:うんって…。 父 :(笑って)さ、飯にしようか。 大 地:いらない。 朱 音:あ、お兄ちゃん、すねた。 大 地:うるさい。 母 :今日は大地の好きなカレーにしたよ。 大 地:カレーにすれば、俺の機嫌が治ると思ってるんだろ。 母 :(笑って)おいしく作ったよ。 大 地:(笑って)もう。 母 :(微笑んで)おかえり。 ロボ女:おかえり?さっきもそう言ったよ。 母 :私のそばに大地が帰って来たなって思って。怒ってるときって、心が遠くに行ってる気がするでしょ。 ロボ女:こんなに距離は近いのに、心の距離は遠くに? 父 :うちの家族は仲良しで普段から心は近いんだ。なんたって、愛し合っているからな。 大 地:なんだよ、気色悪いな。 父 :気色悪いってなんだよ、なあ、母さん。 母 :私も今のはちょっと、と思ったかな。 父 :父さん、結構傷ついた、朱音。 朱 音:キモい。 父 :父さん、大ダメージだ。アイちゃん、傷心の父さんの肩もんで。 ロボ女:優しくもむモードと粉砕モード、どっちがいい? 父 :粉砕って、肩の骨をコナゴナにするの? ロボ女:うん。お好みにあわせて。 父 :好んで肩の骨、粉砕してもらいたい人いないでしょ? ロボ女:冗談。 父 :すごいな。最新のロボットは冗談まで言えちゃうんだ。 ロボ女:いつ、肩をもむ?今すぐ? 父 :うん?あ、あとでね。 朱 音:お父さん、粉砕してもらいなよ。 父 :…遠慮します。 母 :今日はずいぶん遅かったわね。 朱 音:四葉のクローバー、今日も見つからなかった。 父 :何だ。今日も探しに行ってたのか。 朱 音:うん。 大 地:なかなか見つからないよな。 母 :そりゃそうよ。幸せは簡単には見つからないのよ。(調子を崩したように椅子に座る) 父 :毎日毎日探して、そんなに幸せになりたいのか?朱音はよくばりだな。 朱 音:うん…。見つかったらお母さんの病気も治るんじゃないかって。 母 :あら、私のために探してくれてるの?ありがとう。 父 :そうだな(気づいて)母さん、顔色悪いぞ。少し横になったほうがいいな。 朱 音:(大地に)顔が悪いぞ、少しましになったほうがいいな。 大 地:お前、兄貴に向かって! 母 :(少し笑って)兄妹、仲良くね。お母さん、少し休んでくるわ。 朱 音:無理しちゃだめだよ。 母 :ありがとう。アイちゃん、ご飯の準備お願いね。 ロボ女:はい。わかりました。 父 :(本気で心配して)母さん、父さんがお姫様抱っこでベッドまで連れて行こうか? 三 人:それ、キモい。 父 :父さん、もう瀕死だ。 母 :冗談ですよ。ちょっとだけ助けてください。 父と母、ハケる。 朱 音:お母さん、大丈夫かな。 大 地:そんなに、心配するな。 朱 音:うん…。 ロボ女:(不思議そうに)大地と朱音は仲がいいの?悪いの? 大 地:なんだよ、急に。 ロボ女:さっきはけんかしていたのに、今は優しい言葉かけてる。 朱 音:仲良く見える? ロボ女:わからないから、聞いてる。仲良さそうにも見えるし、仲悪そうにも見える。 大 地:兄妹ってそういうものだろ。 朱 音:でも、お兄ちゃんは「かわいい妹」がほしかったんでしょ? 大 地:なんだよ、それ? 朱 音:だって、アイちゃん。 大 地:それは事故だって言ってるだろ。 朱 音:事故? ロボ女:とかなんとか言っちゃって。 朱 音:本当はなんでも言うこと聞いてくれる、 ロボ女:かわいい感じの妹にあこがれていたんじゃない? 朱 音:それってキモすぎるんだけど。 ロボ女:っていうかドン引き。 朱 音:理想と現実がわかってないよね。 ロボ女:というか、そういう「かわいい妹」を理想に考える兄って、どう? 朱 音:ないわー。 ロボ女:まじ、ない。 朱 音:せめて、もう少しかわいくなれって、私に言うならわかるけど。 ロボ女:「かわいい妹」キャラ作るなんて。 大 地:(朱音に)じゃあ、かわいくなれよ。 朱音、ロボ女、一瞬沈黙。 朱 音:(汚いものを見るように)うっわ。 ロボ女:(汚いものを見るように)まじかー。 朱 音:本気で言うとか、 ロボ女:ありえなー。 朱音とロボ女、汚物を見るように大地を見る。 大 地:なんだよ、全然かわいくない妹が二人に増えた。 朱音、ロボ女、同時に大地の肩をたたく。 朱&ロ:お兄ちゃん、キモ。 そう言って、笑いながらハケる朱音とロボ女。 大 地:アイ…。学習能力高いな…、でも、世の中の「妹」はそんなのばっかりじゃないぞー。勘違いするなよ~。 そう言いながら、大地も二人を追いかける。 ME: 照明、暗くなる。ロボ女、舞台上に出てきてイスに座る。母が舞台に出る。動かないロボ女に向かう母。 母、ロボ女の首筋をさわり、何か話しかけながらセットアップ作業をする。 途中、胸をおさえるしぐさをする。ふらつきながらも、作業をしばらく続ける母。 SE:地響き よろめく母。 周りを見渡すが、特に大丈夫だと感じ、作業を続ける。しばらくすると、母、ハケる。 学校の照明が点く。蒼空と大地がいる。 次第に家の明かり消える。 蒼 空:調子悪いのか? 大 地:昨日までは、「妹モード」だったんだけどさ。 蒼 空:朝起きたら、「おばさんモード」か。 ロボ女、周りをキョロキョロし、大きく伸びをしてハケる。 大 地:原因がよくわからないんだよな。 蒼 空:人格モードは後から変えられないのか? 大 地:新しい人格は設定できるって。でも、 蒼 空:誰がそんなことするのかって問題か。 大 地:ん~、っていうか、何のためにわざわざ変える必要があるかってことかな。 蒼 空:一つの人格だと飽きるから、色んな人格にしたくなるんじゃないの?お嬢様みたいな感じにもできるんだろう? 大 地:(笑って)何するんだよ。そんなことして。 蒼 空:いや、そういうことして喜ぶやつとかいそうだよな。 大 地:ロボットにそんなことさせて何か楽しいのかな。 蒼 空:寂しいやつはそういうことして、喜ぶんじゃないのか? 大 地:好きな子の性格にして、喜んだりとか? 蒼 空:そうそう。 大 地:おばさんモードにして喜ぶやついるかな? 蒼 空:さあ?人は好き好きだからな…。 大 地:そういうもんかな?蒼空だったらそういうことするか? 蒼 空:俺だったら、直接好きな人に告白するよ。 大 地:(からかうように)蒼空、好きな奴いるのか? 蒼 空:いるよ。 大 地:え? 蒼 空:俺は咲良が好きだよ。 大 地:咲良? 蒼 空:そう、咲良。大地は、咲良のこと、どう思ってる? 大 地:どうって、友達だと思っているよ。 蒼 空:(大地の目をじっと見て)それだけか? 大 地:あ、ああ。 蒼 空:(笑って)そっか。大地も咲良のことを好きだったらどうしようかと思っていたんだ。大地とギクシャクするの嫌だったし。 大 地:そ、そうだよな。 蒼 空:じゃあ、俺が咲良に告白しても、大地は気にしないよな? 大 地:う、うん。構わない…。 蒼 空:良かった。じゃあ、告白するよ。 大 地:え? 蒼 空:俺はグジグジ考えこむの嫌だから。すぐに動くよ。 大 地:そ、そっか。 蒼 空:大地。 大 地:うん? 蒼 空:邪魔するなよ。 大地の前からいなくなる蒼空。 大 地:邪魔か…。ギクシャクするのは嫌だな。 AND:ギクシャクするのは嫌ですね。たしかに。 AND、教卓の中から現れる。 大 地:おわ、なんですか急に。 AND:なんだか最近、体がギクシャクして、調子が悪いんですよ。オーバーホール、必要ですかね~。 大 地:た、大変ですね。 AND:大地君もどこかの調子が悪いんですか? 大 地:お陰様で体調はいいです。 AND:では心ですか。 大 地:……。 AND:人間は心の調子が悪くなると、途端に体の機能も悪くなりますからね。不思議です。 大 地:どうしてなんでしょうね。 AND:さあ、私にはわかりません。 大 地:そうですよね。 AND:はい。でもそれが人間の特権ではないでしょうか。 大 地:特権? AND:ええ、悩むことがです。私たちロボットは最も効率のよい選択を瞬時にし、行動します。人間にはそれができない。効率が良いとわかっていても、心がそれを抑制する場合があります。なぜでしょうね。 大 地:どうすればいいでしょうか? AND:迷ったら自分が一番したいようにすればいいんじゃないでしょうか。 大 地:…蒼空にもう少し待ってもらうように頼んでみます。 AND:なんだかよくわかりませんが、それがあなたにとっての最もよい選択なんですね。 照明切り替わり、大地の家。ロボ女と朱音、入ってくる。 AND、ハケる。大地、ハケる。 朱 音:ねえ、アイ。 ロボ女:何?朱音? 朱 音:四葉のクローバーを見つけたら、お母さんの病気治るかな? ロボ女:見つけてみたらわかるんじゃない。 朱 音:…そうだよね。早く見つけないと。 そこへ、父、母、帰ってくる。 父&母:ただいま。 朱 音:おかえり。 ロボ女:あらあら、おかえり。 母 :ごめんね、すっかり遅くなっちゃった。 ロボ女:あら、たまには父さんと一緒にゆっくり外食してきてもよかったのよ。 父 :(ぎこちなく笑いながら)朱音、大地はまだ帰ってきてないのか? 朱 音:お兄ちゃん?まだみたい。なんか、蒼空先輩に話したいことがあるとかって真剣な顔してた。 母 :あら。こんな遅い時間まで? 父 :なんだろうな。(ハッと)まさか、大地。 母 :どうしたの? 父 :いや、あいつまさか、女にもてないからって男に走ったとか…、 母 :何言ってるんですか。 父 :いや、蒼空君とは友達にしては仲が良すぎると思っていたんだ、休みのたびに二人だけで出かけていたし。 朱 音:え!お兄ちゃん、私のライバルだったの? 父 :何!朱音、お前まさか蒼空君のことを? 朱 音:おのれ、私の蒼空先輩をそんな目で見ていたとは。 ロボ女:あらあら、大地は進んでるのね。時代の先取り?誇らしいわ。 父 :いや、そこはどうなんだろ?進んでいることが誇らしいとは限らないだろ…。 そこへ、大地が帰ってくる。 大 地:ただいま。 ロボ女:噂をすればなんとやら…、いよ、最先端。 朱 音:お兄ちゃん! 大 地:なんだよ。 朱 音:蒼空先輩に会ってきたの? 大 地:いや、会えなかったよ。 朱 音:じゃあ、告白は? 大 地:それはまだだと思う。 父 :まだ、って、やっぱり大地…。 ロボ女:確定ね。非生産的だけど…。 朱 音:まだって、蒼空先輩の気持ちが一番大事なんだし。 大 地:蒼空は本気で好きみたいだな。 父 :どういうことだ?蒼空君は本気で好き?大地は正常なのか。まだこちらの世界に戻ってこれるんだな。 朱 音:お兄ちゃん、蒼空先輩のこと、どう思ってるの? 大 地:蒼空はいいやつだからな。おれもギクシャクしたくない。 父 :大地、いいか、もてないからって、やけを起こすなよ。女の子はたくさんいるんだからな。 ロボ女:大地は女の子よりも男の子がいいんだから、説得力ないわね。 朱 音:お兄ちゃん本気じゃないなら、すっぱり諦めて。 大 地:俺だって本気だよ。諦めることはしたくないんだ。 父&朱:そ、そんな…。 母 :大地、蒼空くんと会えなかったのに、ずいぶん遅かったわね。 大 地:ああ。四つ葉のクローバー探してきた。 朱 音:あったの? 大 地:ああ。見つかったよ。 朱 音:お兄ちゃん、たまには役に立つじゃない。 大 地:何だよ。兄貴に向かって。 朱 音:(嬉しそうに)アイ、これでお母さんの病気治るかな? ロボ女:だと良いわね。 大 地:(母に)今日病院だったんだろ?どうだったの? 母 :しばらく入院することになった。 大 地:え、入院?…そんなに悪いの? 父 :そんな心配そうな顔をするな。 朱 音:だって、入院するって。 母 :お母さんのことよりも、大地の方が心配。心配なことがあったら、なんでも相談して。 大 地:なにバカなこと言ってるんだよ。俺のことより母さんの方が。 母 :おかえり。 大 地:え? 母 :後悔しないように、行動しないとね。 大 地:ああ…。 学校の屋上に現れる咲良。手すりから遠くの景色を見ている。 ME: 下手側、照明のレベルが少し落ちる。 上手の平台上、明かりがつく。ここから先二人のシーンはすべて無声。 咲良の後ろから蒼空がやってきて、咲良に告白をする。 蒼空、明日までに返事をもらえるよう、咲良に話している。 蒼空、ハケる。しばらくして咲良もハケる。 この間、家族のシーンは落ち込んでいる様子。 ロボ女:(気を紛らわせるように)後で悔いるから、後悔でしょ。そうならないように先手必勝で告白しないと。 大 地:告白? ロボ女:蒼空君いい人なんだから、早めに好きですって言わないと、別の男の子にとられちゃうよ。 大 地:ん?なんで、俺が蒼空に告白するんだ? 父 :え? 朱 音:だって、お兄ちゃん、蒼空先輩のこと愛してるって…。 大 地:なんで、俺が男好きみたいになってんだよ! 父 :違うのか? 大 地:当たり前だろ。 父 :そうかそうか。父さんたちの勘違いなんだな。(安堵の溜息)それより母さん、そろそろ休んだほうがいいだろ。 母 :そうね。ちょっと疲れちゃったかな…。 父 :うん。無理せず。休もう。(小さい声で)朱音。 朱 音:なに? 父 :大地が本当に蒼空君のことを好きじゃないのか、探っていてくれ。 朱 音:らじゃ。 大 地:何を心配してるんだよ。 父 :なんでもないぞ、父さんは大地のことを信用してるからな。うん。信用してるぞ。 大 地:嘘つけ!明らかに信用してないだろ。 父と母、奥の部屋に休みに行く。 ロボ女:私も、大地の禁断の恋の応援をするから。友情がいつしか、愛情に…。あるある。 大 地:いや、ないよ。 ロボ女:男の子の82パーセントがそういう思いになったことがあるという統計データがあるんだから。 朱 音:そうなの? 大 地:マジで? ロボ女:冗談。 大 地:驚かせるなよ。 ロボ女:さて、いい加減寝なさい。あんた、いつも朝起きられないんだから。 大 地:なんだよ、昨日までは口うるさい妹だったのに、口やかましい母親が二人になったみたいだな。 ロボ女:誰が口やかましいって? 大 地:ああ、もう、うるさいうるさい。 大地、朱音ハケる。 ME: 咲良、ゆっくりとハケる。 ロボ女、ゆっくりと椅子に腰かける。 そこにやってくる母、説明書を片手に持ちながら、再度ロボ女の首筋に手を当て再セットアップをする。 SE:地響き あたりを見回す母。落ち着いた頃、作業をまた始める 再起動を始めるロボ女。 そこに、何かの物音が聞こえた様子で母、玄関の方へ行く。咲良が家に入ってくる。 咲 良:すいません。お邪魔しちゃって。 母 :いいのよ。蒼空君に話があるって出かけたけど、もうすぐ帰ってくると思うから。 咲 良:(顔を少し曇らせて)蒼空に、ですか? 母 :うん、そうだって。 咲良、黙ってしまう。それを見て、不思議そうな顔をする母。 母 :どうかした? 咲 良:あ、いえ。 椅子に座っているロボ女を見る咲良。 咲 良:大地が言っていた新しいロボットですよね。 母 :そう。アイちゃんっていうんだ。 咲 良:不具合が出てるって聞きましたけど。 母 :不具合? 咲 良:はい、急におばさんモードになっちゃったって。 母 :(笑って)それは、私のせいなんだ。 咲 良:え? 母 :私、しばらく入院することになったんだ。だから、私の代わりになるよう、設定をいじっていたんだ。 咲 良:そうだったんですね。 母 :大地もね…。心配な時があるから、そばにいてあげないと。 咲 良:…心配、ですか? 母 :入院したら私はそばにいられないから。誰かがいてくれれば安心でしょ。 咲 良:…そう、ですね。 そこへ、大地が帰ってくる。 母 :あら、大地。おかえり。蒼空君には会えたの? 大 地:いや。あれ? 咲 良:…大地。 大 地:咲良? 母、なんとなく空気を察知する。 母 :ちょっと失礼して、夕食の準備、してくるわね。 そういって、母ハケる。変な空気が流れる。 大 地:め、珍しいよな、咲良がうちに一人で来るなんて。 咲 良:うん。ちょっと相談があって…。 大 地:俺に相談? 咲 良:うん…。 なかなか言い出せない咲良。 大 地:俺でいいなら聞くけど…。 咲 良:大地にしか、相談できない。 大 地:俺にしか? 咲 良:うん。 大 地:なんだよ、気になるだろ。 咲 良:昨日、…蒼空に告白された。 大 地:……。 咲 良:今日、返事がほしいって言われたんだけど…、私、どうすればいいかな? 大 地:……。 咲 良:ねえ、大地。私、 大 地:知らねーよ! 咲 良:え? 大 地:告白されたのは咲良だろ?どうして俺に相談するんだよ。 咲 良:だって、 大 地:俺には何の関係もない。 咲 良:……。 大 地:相談されたって困るよ。 咲 良:…そっか。 大 地:自分のことは自分で決めろよ。 咲 良:そうだよね。大地には関係ないよね。私、蒼空と話してくる。 咲良、家から出ていく。母、戻ってくる。 母 :あら?咲良ちゃんは? 大 地:帰った。 母 :帰っちゃったの? 大 地:ああ。 ロボ女:あんな言い方したら、帰っちゃうよ。 大 地:アイ、聞いていたのか。 母 :咲良ちゃんと、けんかしたの? 大 地:してないよ。 母 :大事な友達なんだから、仲直りしたほうが、 大 地:うるさいな。母さんには関係ないだろ。 母 :…関係ないって。 大 地:なにもわかってないくせに、余計な口出しするなよ。 ロボ女:母さんに向かって、なんて口の聞き方。 母 :大地。確かに何もわからないけど、後悔しないように、 大 地:うるさい。俺にかまうなよ。 母 :え? そう言って家を飛び出す大地。 母 :大地! よろめく母。 ロボ女:母さん? 母 :大丈夫。アイちゃん、ごめん。私の代わりに大地のことお願いできる? ロボ女:わかったわ。それより、ちゃんと休まないと。 母 :大地のこと、よろしくね。 そういって奥に母を連れて行くロボ女。 屋上に出てくる蒼空、手すりにつかまっている。そこへ出てくる咲良。 咲 良:蒼空。 蒼 空:咲良、待ってたよ。 舞台下手に出てくる。大地。 大 地:幸せの四つ葉さえ見つければ、全て上手くいく。 SE:地響き 咲 良:昨日の話なんだけど。 蒼 空:ああ。 大 地:見つかれば全ての悩み事が解決する。 蒼 空:なんか、やっぱり緊張するな。 咲 良:私、 大 地:そう思って、自分からは何も解決しようとしなかった。 SE:地震 大 地:そんな子どもじみた幻想は一瞬で崩壊した。 スモークがもうもうと土埃のように舞う。逃げ惑う人々、救助に向かうロボたち。 ME: 舞台上、パネルが倒れ、箱が傾く。荒廃した世界へと変わっていく。 蒼空、咲良を守ろうと覆いかぶさる。 大地、立ってられないほどの揺れに体勢を崩す。 群 衆:大地震が起こり、町の風景は今までと変わった。 咲 良:蒼空?蒼空、大丈夫?誰か、誰か(助けを呼ぶ)。 群 衆:地震による揺れが収まった後、町は赤い炎に包まれた。 蒼 空:…咲良は、…ケガ、ない? 咲 良:ごめんね。私なんかのために。 蒼 空:…よかった、咲良が無事で。 人々とロボ、蒼空を助けにくる。 群 衆:町の機能は震災によって一時的にマヒした。 大 地:一瞬にして世界は、変わった。 逃げ惑う人々、救済するロボたち。ロボ女、舞台上に現れる。 ロボ女:大地、父さんから連絡。母さんが大けがをしたって。 ストレッチャーで移動されている母親、舞台上に現れる。父、朱音も一緒。 大 地:母さん。 母 :(弱々しく)大地。 大 地:何だよ。 母 :泣かないで。 大 地:誰のせいでこうなってんだよ。 母 :ごめんね。 父 :大地。母さんは…。 母 :笑って。 大 地:こんな時に何言ってるんだよ。笑えるわけないだろ。 母 :大地、笑って。私は大地の笑顔が好きだから。 大 地:笑えるわけないよ。 父 :大地。…母さんの最後の頼みだ。聞いてやれ。 大地、びくりとする。泣き顔をぎこちなく笑顔に変える。 大 地:なんだよ。もう、わけ分かんないよ。 母 :(微笑んで)おかえり。 大 地:これからも、俺が笑顔になるまで、ちゃんと待っててよ。 母 :…ずっと一緒だからね。 母、息絶える。 朱 音:嫌だよ。ねえ、起きてよ。 悲しみに暮れる、三人。 母を乗せたストレッチャー、慌てて移動する。 ロボ女:再起動を開始します。 大 地:え? ロボ女の言葉を聞いた大地、一瞬立ち止まるが、すぐに母のストレッチャーを追う。 ロボ女:私はここにいるよ。 暗転。 ロボ女、ハケる。それとクロスして蒼空と芽生と咲良が舞台上に現れる。 照明、切り替わる。 芽 生:本当によかったね、それぐらいで済んで。 蒼 空:お前、他人事だと思って、イテテ。 咲 良:大丈夫?蒼空。 芽 生:ま、咲良を守ったのは褒めてやるよ。 蒼 空:当たり前だろ。好きな女の子守れなくて、何が男だよ。 芽 生:お、言うね。(叩く) 蒼 空:お前!俺けがしてんだけど。 芽 生:平気、平気。じゃ、私はお邪魔虫だろうから行くね。 蒼 空:何がお邪魔虫だよ。 芽 生:え?それ言わせる? 咲 良:芽生、今日はありがとうね。 芽 生:どういたしまして。 芽生、茶化しながらハケる。 照明、切り変わる。大地が入ってくる。 ロボ女:大地。 大 地:うるさい、黙れ。 ロボ女:母親に向かってなんて口のきき方。 大 地:何が母親だ。お前はロボットだろ。 ロボ女:でもね。母さんが自分の記憶と考え方をインストールしたんだから。 大 地:だからといって、お前が、母さんなわけないだろ。 大地、ハケる。 二人のやり取りを遠くで聞いていた朱音、入ってくる。 朱 音:お母さん。 ロボ女:あら、朱音。どうしたの。 朱 音:…ううん。お母さんがそばにいてくれるって嬉しいな、と思って。 ロボ女:お母さん、約束したでしょ。ずっと一緒にいるって。 朱 音:そっか、そうだよね。 ロボ女:大地、どこにいったのかしら、まだ余震も続いているのに…。 外から、ANDの声が聞こえてくる。 AND:おはようございます。 ロボ女:あら、おはようございます(言いつつ、ANDを連れてくる)。 AND:どうも、初めまして。大地君のお母さんですか? ロボ女:はい。 朱 音:……。 唇をかみしめている朱音。 ロボ女:ごめんなさい。どなただったでしょうか? AND:おっと、これは大変失礼しました。 朱 音:…お兄ちゃんの先生ロボットだよ。 ロボ女:え?あらやだ。先生失礼しました。 AND:いえ、お気になさらず。安否確認のための家庭訪問をしておりました。 ロボ女:ご苦労様です。 AND:大地君はお母さんを亡くしたという連絡を受けていましたので、心配していたのです。 朱 音:……。 AND:でも、あなたがいらっしゃるなら、安心ですね。最新型のあなたがお母さんなら、大地君も大丈夫でしょう。 朱 音:……帰って。 ロボ女:え?どうかした朱音? 朱 音:アンドー先生、他の人のところにも行かなくていいんですか? AND:そうですね。学校は落ち着くまではお休みになりますので。 ロボ女:ご苦労様です。 そう言いながら帰ろうとするANDを見送りに行くロボ女。 朱 音:…お母さん。 朱音、部屋に走り、ハケる。 照明切り替わる。 蒼 空:ねえ、咲良。芽生はあんなこと言ったけど。 咲 良:うん。一緒にいるから大丈夫だよ。 蒼 空:え? 咲 良:私のせいでケガさせたし。 蒼 空:あ、いや。 咲 良:どれだけ蒼空が本気なのかがわかった。 蒼 空:当たり前だろ? 咲 良:……。 蒼 空:なあ、大地のことなんだけど…。 咲 良:…大地がどうかした? 蒼 空:芽生から聞いたんだけど、お母さん、亡くしたって。 咲 良:(驚いて)おばさんを? 蒼 空:ああ。…大地、辛いだろうな。 咲 良:前と変わっちゃったね。…もう戻れないのかな。 蒼 空:戻れないよ。 咲 良:そう、だよね…。 蒼 空:ああ。 咲 良:私、ちょっと出てくる。 蒼 空:ああ。 咲良と蒼空、別なところへハケる。 照明切り替わる。大地と朱音、別なところから入ってくる。 朱 音:お兄ちゃん、ごはん。 大 地:いらない。 朱 音:何すねてんの。 大 地:あんなロボットが作った食事なんて食べる気しないんだよ。 朱 音:前は食べてたじゃん。 大 地:お前、よくあいつと一緒にいられるよな。俺には信じられないよ。 朱 音:だってお母さんの記憶があるし、お母さんと同じ考え方するんだよ。 大 地:簡単には割り切れないだろ。俺たちにとって母さんは一人だ。 朱 音:わかってるよ! 大 地:わかってるなら、どうして。 朱 音:お母さんはもう帰ってこないんでしょ。 大 地:…そうだ。 朱 音:だったら、お母さんの代わりにしたっていいじゃない。 大 地:朱音? 朱 音:そう考えなきゃ、寂しいよ。お母さんがまだいるって思わなくちゃ。 朱音、ハケる。 咲良の後ろから、芽生が入ってくる。 芽 生:ねえ、咲良。いいの? 咲 良:…いいって? 芽 生:蒼空のこと。 咲 良:だって、蒼空は私を守るために怪我までして。 芽 生:それはそれでしょ。大地のことは? 咲 良:大地? 芽 生:そう、大地。お母さんを亡くしたし、相当傷ついてると思うよ。 咲 良:…大地は、関係ないでしょ。 芽 生:関係ないの? 咲 良:大地にそう言われた。 芽 生:大地に? 咲 良:蒼空に告白されたこと相談したら、俺には関係ないだろって。 芽 生:あのバカ。 咲 良:…蒼空は私のこと真剣に考えてくれるし、行動もしてくれた。大地と違って。 芽 生:ねえ、咲良。あんた自分の気持ちは? 咲 良:私の気持ち? 芽 生:そう。蒼空が守ってくれたとか、大地が冷たいとかじゃなくてさ。 咲 良:……。 芽 生:あんた自身はどう考えているのさ? 咲 良:……。 芽 生:ずるいよね。 咲 良:ずるい? 芽 生:そうじゃない?自分では決められない。傷つきたくないから他人の考えに従ってるだけじゃない。 咲 良:だって、傷つけたくないし、傷つきたくないよ。 芽 生:そういう考えが相手をもっと傷つけるってことあるんじゃない? 咲 良:……。 芽 生:ま、いいけど。だったら、最後まで貫きとおしなよ。中途半端が一番ずるい。 芽生、ハケる。 大&咲:わからないよ。 二人、歩きだす。照明切り替わる。大地と咲良、出会う。 大 地:咲良。 咲 良:…大地。 ぎこちない二人。 咲 良:大変だったみたいだね。 大 地:ああ。…蒼空、けがしたって? 咲 良:うん。私のことかばってくれた。 大 地:そっか。あいつ、すごいな。 咲 良:そうだね。 大 地:…なあ、どうすることにしたんだ? 咲 良:え? 大 地:いや、ほら、蒼空から告白されたって。 咲 良:うん。一緒にいることにしようかなって。 大 地:そっか。 咲 良:…うん。 黙る二人。 咲 良:…じゃあ、蒼空のところに戻る。 大 地:なあ、咲良。 咲 良:え? 大 地:四つ葉のクローバーの話、覚えてる? 咲 良:うん。 大 地:俺と朱音がいつも探してた場所。この前の地震の火事で全部焼けちゃったよ。 咲 良:……。 大 地:四つ葉の話も結局、迷信だったよ。 咲 良:……。 大 地:四つ葉のクローバーを見つけたって、母さんは死んだ。それに、 咲 良:それに? 大 地:あ、いや…。 咲 良:…じゃあ、行くね。 咲良、ハケる 大 地:もう、幸せになんかなれないよ。 大地、反対側にハケる。 蒼空と芽生、出てくる。 蒼 空:なんだよ。芽生、話って。 芽 生:咲良のことだよ。わかってんだろ。 蒼 空:ああ。 芽 生:わかってるなら、なんでだよ? 蒼 空:少しでも一緒にいたいんだよ、 芽 生:でもさ、 蒼 空:咲良が大地のことを好きなのは、わかってるよ。 芽 生:だったら、 蒼 空:頭では分かっても、心はそんなに簡単には割り切れないだろ。あの二人がいくら好きどうしだったとしても、あのままじゃ平行線だ。だから、俺は行動したんだ。 芽 生:……。 蒼 空:自分の気持ちをごまかすのは俺にはできない。行動すれば何かは変わるだろ。 咲良、出てくる。 芽 生:(咲良を見つけて)咲良…。 蒼 空:俺、自分の気持ちには正直でいたいんだ。咲良はどうだ? 咲 良:私は…。 蒼 空:今は俺の近くにいてくれるけど、心の中では違う人のそばにいたいと思っているんじゃないか? 咲 良:違う人って…。 蒼 空:ケガのことが後ろめたくて、いっしょにいるというなら、俺を傷つけている。 咲 良:…傷つけている? 蒼 空:大地のことが本当は気になりながら、俺のそばにいるなら、やめてくれ。 咲 良:…大地は、関係ないでしょ。 蒼 空:咲良、自分の気持ちをごまかすのはやめろよ。 咲 良:…自分の気持ち? 蒼 空:自分が本当にしたい行動を選べよ。 そう言って、蒼空ハケる。咲良はその場に立ち尽くす。 芽生、咲良をちらりと見て、蒼空を追いかけ、蒼空の肩をポンと叩き、慰めながら二人、ハケる。 しばらく経った後、咲良がトボトボとハケる。 父と大地、反対側から入ってくる。 大 地:父さん。 父 :大地か。どうした? 大 地:父さんに話があって。 父 :改まった感じだな。 大 地:ねえ、なんであんなロボットに母さんの記憶とか考え方を入れたの? 父 :……。 大 地:ロボットが母さん面するのが、我慢できないんだ。 父 :…父さんも本当は反対したんだ。あれは母さんの考えなんだ。 大 地:母さんの? 父 :母さん、病気だっただろ。実は地震がなくても長くなかったんだ。 大 地:そんなの、聞いてないよ。 父 :お前たちがショックうけるだろうって、内緒にしててくれって言われてた。 大 地:…母さん。 父 :自分がいなくなった時のために、母さんの代わりになるようにって。そんな馬鹿な事考えないで体を治せって言ったんだけどな。 大 地:……。 父 :母さんの気持ちもわかってやれ。 大 地:父さん。 父 :しっかりしないと…。 大地と父、ハケる。照明切り替わる。 ロボ女:咲良ちゃん? 咲 良:え?あ、大地のところの…。 ロボ女:大地、見なかった?ひょっとして蒼空君のところに来たんじゃないかって思ったんだけど。 咲 良:…さっきまではここにいましたけど、蒼空には会っていきませんでした。 ロボ女:じゃあ、きっとあそこだわ。 咲 良:あそこ? ロボ女:うん。大地と朱音が「秘密基地」って呼んで、クローバー探してたところ。 大地、秘密基地に現れる。 咲 良:…聞いたことあります。 ロボ女:誰も管理してない小屋だし、危ないから行くのをやめなさいって、小さい時に言った場所なんだけどね。でも、言うこと聞かなくて。 咲 良:え?そう、なんですか…。 ロボ女:夜になっても帰ってこないことがあって、迎えに行ったら二人で泣いてるのよ。お化けが出そうで帰れないって。 咲 良:あの…。 ロボ女:ん? 咲 良:最近来たばかりなのに、どうしてそんなに詳しいんですか? ロボ女:あ。…実は、大地のお母さんが自分の記憶と思考を私にインストールしたのよ。 咲 良:どうして? ロボ女:ふらふらしている大地に「おかえり」って誰かが言ってあげないと。 咲 良:おかえり? ロボ女:心の距離が離れてしまっても、何度でも笑顔で「おかえり」って受け入れてあげないと。 咲 良:…心の距離。 ロボ女:そのうち彼女でもできれば、その子が迎えてくれるんだろうけど。でも、母親にとって、子どもはいつまでも子どもだからね。 咲 良:大地が四つ葉のクローバーを見つけても幸せになれないって言ってたんですけど、本当なんでしょうか? ロボ女:(笑って)さあ?自分で見つけたらわかるんじゃない。 咲 良:自分で行動しないと、わからないんですね。 咲良ハケる。 ME: 人々とロボ、入ってくる。その中、ロボ女、大地を探しながら、秘密基地のそばまで行く。 ロボ女:大地、 大 地:アイか。 ロボ女:探したわよ。やっぱり「秘密基地」にいたのね。 照明切り替わる。 大 地:何で俺なんか探してるんだよ。 ロボ女:心配だからに決まってるでしょ。この辺だって、火事があった場所なんだから。 大 地:母親面するなよ。小屋の外の野原が少し燃えただけだろ。 SE:地響き ロボ女:また、地震。大地、危ない。 地震が起き、ロボ女、大地を身を挺して守る。 大 地:くそ、なんでこんな地震ばかり。 ロボ女:だ、大地、怪我はない? 大 地:うるさ…、 見るとロボ女、瓦礫に挟まれてる。 大 地:お前、なんで瓦礫に挟まってんだよ。 ロボ女:だって、大地に瓦礫が落ちてきそうだったから。 大 地:俺はお前のこと大嫌いなのに、どうして助けてるんだよ。 ロボ女:大地が私のことを嫌いでも構わないの。私が大地を好きなんだから。それに、 大 地:それに? ロボ女:母親はそういうものなのよ。自分のことより子どものことが一番。 大 地:お前はロボットで、母さんじゃないだろう。 ロボ女:そうね。体はロボットね。でも心はお母さんだもの。 大 地:心? ロボ女:そう。お母さんがもっていた記憶も残っているし、お母さんの考え方もわかる。(笑って)今は、考えるよりも 先に体が動いちゃっていたけど。 大 地:何なんだよ。 ロボ女:前にもこういうことあったよね。 大 地:え? ロボ女:大地が小学一年生の頃。工作で空き箱使いたいからって、戸棚の上にあった空き箱をとろうとして。 大 地:……。 ロボ女:後でお母さんが取ってあげるって言ってるのに、無理やり取ろうとするから、戸棚から色々と降ってきたわよね。あのときは本当にびっくりしたわ。 大 地:…母さんは俺の上に被さって守ってくれた。 ロボ女:それからだね。大地がちゃんと言うこと聞いてくれるようになったのは。 大 地:(少し驚いて)言うこと聞かないで、母さんに怪我させちゃったんだから。 ロボ女:気にしなくて良いのに。 大 地:(試すように)あれは覚えてる?三年生の時、朱音と三人で父さんの誕生日にサプライズをしようと言って、 ロボ女:(笑って)父さんが帰ってくるタイミングで、ドアを開けて「強盗だ」って言ったわね。 大 地:(驚いたように)父さん、びっくりして腰抜かしちゃって。 ロボ女:三人でどうやって病院までつれていこうかって、悩んじゃったよね。 大 地:おかげでケーキ食べ損なっちゃったよ。 ロボ女:(笑って)本当ね。 大 地:…母さん。 ロボ女:(笑って)いつもの笑顔に戻ったね。おかえり。 大 地:(泣き笑いの表情で)なんだよ。俺はどこにも行ってないだろ? ロボ女:また近くに戻って来てくれた気がするから。 大 地:母さん、おかえり。 ロボ女:ただいま。でも、母さん、また遠くに行かないといけないかも。 大 地:どうして? ロボ女:なんだか、プログラムに異常が起きたみたい。父さんにはさっき連絡を取ったからきっとすぐに来てくる。 大 地:すぐに直してもらうから。 ロボ女:そうね。それより大地。悩んでいたことは解決したの? 大 地:悩んでいたこと? ロボ女:みんなでカレーを食べたとき、蒼空君と話すって。母さん、そのことが心配で心配で。 大 地:(笑って)大丈夫だよ。母さんが心配するようなことなんか何もないよ。 ロボ女:そう。なら、よかった。…私は大地の笑顔がやっぱり好き。 そう言って、ロボ女、動きを止める。 大 地:母さん! 父、出てくる 父 :大地!大丈夫か? 大 地:父さん?ここにいるよ。母さんもここにいる。プログラムに異常が出てるんだ、助けてよ。 父 :アイも一緒か。 大 地:母さんだよ。俺のこと本気で心配していたんだ。 父 :(不思議そうに)大地、アイは母さんじゃない。 大 地:母さんだよ。俺、母さんと約束したんだ。 父 :大地? 大 地:俺行かなくちゃ。母さんのこと頼むね。二度、母さんを失いたくないんだ。 父 :大地! ME: 大地、走り去る。 人々とロボ、舞台上に現れ、歩く。大地とすれ違い、舞台上からハケる。 照明切り替わる。 芽 生:咲良、大丈夫かな? 蒼 空:大丈夫だろ。 芽 生:絶大な信頼だね。 蒼 空:心配なのは大地のほうだよ。 芽 生:確かにね。 人々とロボ、舞台上に現れ、歩く。大地とすれ違い、舞台上からハケる。 照明切り替わる。 ロボ女:あなた。 父 :アイ、大丈夫か? ロボ女:内部に異常が。 父 :(笑って)外装には目立った異常はなさそうだ。内部だけなら、初期化すれば大丈夫だ。 人々とロボ、舞台上に現れ、歩く。 大地、走り続ける。遠くで何かを見つけたような咲良の様子。 群 衆:走る走る走る。何も考えず、ただ走る。変わることを恐れ、前に進めなかった自分。ただ周りに流されていた毎日。でも、 咲良が現れる。 大 地:咲良。 大地を見る咲良。 大 地:咲良、俺、俺、 大地、言いたいことがあるのに、言葉が出てこない。咲良、笑顔になる。 咲 良:おかえり。大地。 そう言って咲良、四葉のクローバーを大地に差し出す。その瞬間、大黒幕が開き、ホリゾント幕が見える。 そこには四つ葉のクローバーのあかりがついている。四葉のうち一葉だけが赤色のハートをしている。 それは二人のこれからを暗示しているように浮かぶ。 【幕】 Trackback URL :
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