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父帰る(石巻北高版)

Posted by a-kasahara on 19.07.29 17:11
上演校名:宮城県石巻北高等学校
人数:男子2名 女子4名(男女の入れ換え可能)
上演時間:59分

登場人物(上演時の配役)

大輔(女子1) 
父1(男子1) 
父2(男子2) 
父3(女子2)
父4(女子3) 
謎のバッター(女子4)
大輔の息子(女子4)




  プロローグ   

  グローブを見つめている大輔。大人になった彼なのか、子供の時
  の彼なのかそれはわからない。

大輔 今はもうしなくなってしまったこのグローブの油のにおい。あの懐かしいにおい。誕生日に父が買ってくれたグローブ。キャッチボール。家のガラスを割ったこと。初めて父のグラブにぼくの投げたボールが音を立てて吸い込まれた日。父が投げたボールを目をつぶらずに捕れた日。父が書いた名前。へたくそだけど大きくはっきり書いてあったぼくの名前。今では読めないほど薄くなってしまったけれど、確かにぼくと父はそこにいた。



  1場

大輔の家。

大輔 だいじょうぶだって。そんなに何回も言わなくてもわかるよ。もう子供じゃないんだから。食べたよ、もう。きちんと暖めました。サラダも食べました。はいはい。わかった。わかった。ゆっくりしておいでよ。おばあちゃんによろしくね。じゃ。

  玄関のチャイムの音。
    
大輔 はい。今頃誰だろう?
父1 ただいま。
大輔 …、と、父さん。
父1 久しぶりだね。もう何年になるかな。元気だったか。
大輔 落ち着け、落ち着くんだ。これは夢に違いない。
父1 母さんはどうした。買い物か?。
大輔 買い物か?じゃないよ。いやいや、これは夢なんだ。
父1 夢じゃないさ。だってこうやって帰って来たんだから。

  玄関のチャイムの音。

大輔 はーい。ちょっと、ちょっと待って、今。落ち着こう。とりあえず落ち着こう。
父2 ただいま。
大輔 と、父さん。えっ?
父2 久しぶりだね。もう何年になるかな。元気だったか。
大輔 夢は夢でも悪い夢だ。
父2 母さんはどうした。母さんは。買い物か?どうしたんだそっち向いて。
大輔 あの、ど、どちら様でしょうか?
父2 水くさいな、いくら数年ぶりだからって父親の顔を忘れるなんて、お前、そりゃあんまりだよ。
大輔 だって父はもう帰ってきましたよ…一人。

玄関のチャイムの音。

父3 ただいま。
大輔 わー。まさかと思ったけど。
父3 久しぶりね。もう何年になるかな。元気だった?
大輔 …母さんじゃないよね。
父3 あのね、今時、父さんが男性とは限らないのよ。同性婚だって認められてるんだしね。
大輔 絶対に悪夢だ。
父3 なに?
大輔 そ、そんなの知ってるよ。学校の授業で習ったからね。子供扱いしないでよ。でもさ、いきなりそんなこと言われたってさ。
父3 アニマよアニマ。
大輔 アニメ?
父3 違うわよ、ユングよユング。
父12 ユング。カールグスタフ・ユング。スイスの精神科医で心理学者。分析心理学というものをね、
父3 …まだ子供だもんね。
大輔 ぼ、ぼくはもう子供じゃない。

玄関のチャイムの音。

大輔 …入っていいよ。父さん。
父4 よくわかったな父さんだって。やっぱり離れていても親子だなあ。
大輔 誰だってわかるよ、4人もくれば。だいたい非常識じゃないか、4人も帰ってくるなんて。しかも一人は…。
父3 あ、差別的な発言。
大輔 そういうことじゃなくて。一人帰ってくれば十分だって言ってるんだよ。あ、でも別に帰ってきてうれしいなんて言ってるんじゃないからね。おかえりなんて言わないよ。ただ常識的に父親は一人だってことを。
父1 いいんだよ、照れなくて。まあ数年ぶりに会うんだからお互い照れくさいところもあるけどな。
大輔 唐突すぎるって言ってるんだよ。こんなに突然、しかも4人 なんて。
父2 なんだその言いぐさは。父さんだって冗談で帰ってきたわけじゃないんだぞ。
大輔 どう見たって冗談だよ。
父4 思うところあって、心を決めて帰ってきたんだ。でも父さん気が小さいだろ。それにずいぶん会ってなかったから印象が薄れてると思って…
全員 4倍になって帰ってきたんだよ。
大輔 そこだけ合わせて言わないでくれる。
父1 4倍に。
父2 なって。
父3 帰ってきたんだ。
父4 よ。
大輔 そういう意味じゃないってば。…勝手なんだよ、父さんは。ふざけてるんだよ、父さんは。昔からそうだった。
父1 それは違うよ、ふざけてるってのはなあ。

  EXILEのダンスをしながら。

全員 こういうのを言うんだよ。

  気まずい雰囲気。

父1 バルタン星人!
全員 ふぉっふぉっふぉっ…
全員 どうだ、ふざけてるだろう。
大輔 なんで威張ってるんだよ。とにかくぼくは父さんなんか認めないからね。

  4人集まって。

父1 だからやめようって言ったんだよ。
父3 言い出したのは君じゃないか。
父1 3人でよかったんだよ。
父4 二日に一人のペースっていうのも考えられたなあ。
父2 おまえ弱気なんだよ。
大輔 仲間割れしないでよ。仮にも一人の人間なんだから。 

全員席に戻る。

父1 これは…。
大輔 返せよ。
父2 それは父さんが買ってやったグローブじゃないか。
父3 よく取ってあったわねえ。へー懐かしい。
大輔 別に取ってあったわけじゃないさ。父さんのものを整理してたら物置から出てきたんだよ。別にこんなもん。

全員 そうか、グローブか。キャッチボールしたっけなあ。

  ボールを投げる仕草。

全員 覚えてるか。お前、全然父さんのボールが受け取れなくてさ、
大輔 どうして帰ってきたの。
父1 それは、うーん、なかなか一言では、(父2に)なあ。
父2 そうそう、なかなか一言では、(父3に)なあ。
父3 そうね、なかなか一言では、(父4に)ねえ。
父4 そうだなあ、うんやっぱり一言ではねえ、(隣を見るが誰もいない。)
大輔 ぼくは別にこのままで平気だよ。だいたい父さんなんてぼくにはいなかったも同然じゃないか。

  4人集まって。

父2 いきなりの厳しい展開だな。
父3 まあ不利な状況は最初からわかっていたことですから。
父4 このまま帰るっていうのもありますけどね。
父1 弱気になるな。何のための4倍なんだ。
父2 元手が少ないとねえ。4倍くらいじゃ。
大輔 都合が悪くなった時だけ集まるのやめたら。
父3 好きで家にいなかったわけじゃないわ。
父1 その通り。
父4 仕事があったんだよ。
父1 そうさ仕事さ。
父2 男は仕事なんだよ。
父1 そうなんだよ。その通りなんだよ。
全員 なぜ男は働くのだろうか。それは単に役割なのではない。そこには男が男であることの、男であり続けることの飽くなき挑戦があるのだ。昼間のパパはかっこいい!

父の職場。

父4 困るじゃないか。
父1 はあ。
父4 はあじゃないんだよ。
父1 ですが。
父4 こういうことだからいつまでも役がつかんのだよ。任せられるという信頼感に部下はついて来るんじゃないのかね。満足に仕事をやりきれない男に誰がついていこうと思うんだい?
父1 申し訳ありませんでした。

父、デスクに戻る。

父2 気にすることないですよ。あの課長細かすぎるんだ。完璧主義っていうか、遊びがないんですよね。ぼくは松坂さんみたいな人好きだなあ。正直だし、穏やかだし、なんていうのかな、そう、一生誰かの踏み台になって終わるタイプ?ぷっ。
父1 黒川君、ちょっと来てくれる。
父3 なんすか。
父1 これねえ、ここんとこ違ってると思うんだけどねえ。
父3 どこすか?
父1 あのここんとこね。
父3 いや違ってないすよ。
父1 いや計算がね。
父3 計算っていったってコンピューターっすよ。
父1 入力ミスってこともあるんじゃないかなあ。電卓でやってみるとね。
父3 電卓すか?そこまでやったんなら自分で直しといてくださいよ。…(父2に)電卓だってさ、ぷっ。
父4 電話入ってますよ。
父1 あ、どうも。はい、もしもし、そうですが、ああ大輔か、どうした。会社に電話しちゃだめじゃないか。
大輔 父さん、動物園の約束はどうなったのさ。
父1 何?よく聞こえないよ。動物園がどうしたって。
大輔 父さん来週は必ずって約束したじゃないか。
父1 父さんお仕事なんだよ。大事な仕事なんだ。また今度な。
大輔 今度今度っていつもそうじゃないか。父さんのバカ。
父3 父さんのバカ。
父2 バカ。
父4 バカバカバカ。
父1 なんで自分にまでバカ呼ばわりされなきゃいけないんだ。
大輔 どこがかっこいいんだい。どこに男の挑戦があるのさ。
父2 失敗しましたね。昼間のパパはみんなかっこいいと思ってたら…
父3 いやーかっこ悪かったですね思いっきり。電卓ですからね。
父4 ぷっ。
父1 毎日あんなじゃないさ。
父3 しかも息子の約束まで破って。いったいどっちが大事なんだ。
父1 おいどっちの味方なんだよ。
大輔 結局そのままだったよ。今度という日はやってこなかったじゃないか。
父3 父親失格だな、やっぱり。
父2 恥ずかしい。自分のことのように恥ずかしいよ。
父1 自分のことのようにって自分じゃないか。
父4 人間じゃないな。
父1 だから自分を責めてどうするんだよ。
大輔 わかった?父さんはぼくのことなんかどうでもよかったんだよ。これではっきりしたじゃないか。今更言い訳するために帰ってきたの?
父1 違うんだ。どうしてもお前に話しておかなければならないことがあるんだよ。父として息子のお前にしてやらなくてはいけないことが…。
大輔 ぼくはもう大人だよ。父さんの力を借りなくたって大丈夫さ。
父2 なんて悲しいことだろう。少年は父の力を信じないのだった。
父3 君は忘れてしまったんだ。父がどんな気持ちで君を育てたか。
父の思いがどんなに強いものだったか。
父4 しかし君と過ごした時間はあまりにも短かった。父はやり直 そうと言う。なぜそれに応えてくれないんだ。
父1 いつの間にか少年は大人になったのか?いやそんなはずはない。誰かが少年に大人になることを教えたのか?いやそれは父の仕事だ。父さんは君を動物園にも連れていけなかった。勝手に家を出ていった。もう二度と会うまいと思っていた。しかし最後の仕事をしていないことに気づいたんだ。
大輔 大人って何なんだよ。大人になるってどういうことなのさ。
全員 …ようやく仕事にとりかかれるようだな。

  全員集合する。

父2 本日は大日本観光旅行ツーリストのツアーをご利用いただきまことにありがとうございます。
父3 今回のツアーは題して、「サンテグジュペリの星の王子様ツアー」
父4 またの名を「成井豊のハックルベリーにさよならをツアー」父3 そしてまたの名を、フランダースの犬の後、あらいぐまラスカルの前にやっていた、カルピスこども劇場「父を訪ねて三千里ツアー」
父2 ということになっております。添乗員はつきませんが現地係 員が丁寧なお世話をいたしますので、安心して旅をお楽しみ下さい。
大輔 そんなツアー申し込んでないよ。
父4 申し込みは不要です。あなたがそう思った瞬間がツアーの始まりです。大人になるってどういうことか知りたいんでしょ?
大輔 そりゃまあ。…でももうぼくは大人だってば。
父3 それは行ってみればわかるじゃないか。それとも怖いのかな?子供だから。
大輔 こ、怖くなんかないさ。行くよ。行ってやるよそれぐらい。
父1 うまいなあ、子供の扱いが。
父2~4 あんたの子供。
父2 それではツアーの予定を確認いたしますのでパンフレットをご覧ください。まず手始めにチャンバラで軽く身体をほぐしていただいて、
大輔 チャンバラ?
父3 ごっこ遊びの基本ですねえ。チャンバラの後はお二人で宿題に取り組んでいただきます。
大輔 えー、宿題。
父3 あの磯野波平さんもカツオくんの宿題に頭を悩ませました。
父4 波平さんの声が変わって違和感があるんですけど。
父2 無視して次にいきますよ。次は長らくお待たせしました。お  約束の動物園でございます。
大輔 今更。
父4 パンダの赤ちゃんも生まれたそうですから。ここでも親子のふれあいを存分に。
大輔 あんまり興味ないな。
父2 そしてもちろん遊園地。遊園地は動物園のそばですので、ここは歩いて移動していただきます。そしてオプショナルツアーといたしまして授業参観を設定しております。
大輔 それって観光?
父4 そしてツアーの締めは大輔君も大好きなナイター観戦。いかがです?
大輔 最後の野球だけにしてくれないかな。
父3 まあまあそう言わずに。おっと出発の時間が迫って参りました。それではよい旅を。
全員 いってらっしゃいませ。


2場

近所の空き地。大輔を取り囲む父1~4。

父1 実は父さん、どうしてもお前に言いたかったことがあるんだ。父さんが…
大輔 (斬りつける)でやー。
父1 ぐわー。
父2 ちゃんと聞いてくれ。お前はどうして父さんが出ていったのか…。
大輔 (斬りつける)どわー。
父2 く、やられた。
父3 父さんはお前が…
大輔 (斬りつける)おりゃー。
父3 く、何もしゃべる暇がない…。
父4 (何か言おうとするが)…。
大輔 どりゃー。
父4 な、何も言ってないのに。
父1 これ完全に失敗してないか?
父2 撤収。


  3場

  大輔の部屋。大輔が勉強をしている。隣に座る父。

父1 宿題か?
大輔 うん。
父1 国語だな。
大輔 うん。
父1 ほう、「詩を作ろう」か。
大輔 何にも思い浮かばないんだ。
父1 難しく考えることはないさ。頭に浮かんだことを素直に書いていけばそれが詩になるんだ。今何考えてる?
大輔 お腹が空いた、はらぺこだ。
父1 いいじゃないか。お腹が空いた、はらぺこだ。次は?
大輔 今日のおかずは何だろな。
父1 いいねえ。今日のおかずは何だろな。次。
大輔 カレーライスとサラダかな?
父1 カレーライスとサラダかな?
大輔 メンチカツでもいいかもね。
父1 さしみもちょっと食べたいな。
大輔 さしみはちょっと苦手だな。
父1 まぐろにたいにイカはまち。
大輔 スパゲッティーにハンバーグ。
父1 お子さまランチに旗立てて。
大輔 ショートケーキをデザートに。
父1 父さんビールが飲みたいな。
大輔 …なんかレストランのメニューみたいだ。
父1 …確かに。七五調になってるのも気になるな。
大輔 いいよもう、一人で考えるから。
父1 父さん国語は苦手なんだ。他のにしよう。社会はどうだ。
大輔 社会は宿題ないもん。
父1 宿題がなくたって勉強しなくちゃ。予習が大切だって先生も  言ってるだろう。
大輔 もううるさいな。じゃいいよ社会で。
父1 今、何を習ってるんだ。
大輔 歴史だよ。日本の歴史。
父1 父さん、地理なら得意なんだけどなあ。あ、そうそうアメリカにペンシルバニア州ってあるだろ。あれペンシル・バニアだと思ってなかったか?ほんとはなペン・シルバニアなんだぞ。あとなあロシアにウラジオストックってあるだろ。あれもなウラジ・オストックが正しいんだぞ。
大輔 そういうのが大切な勉強なの?
父1 …まあ少し大切かな。
大輔 大人になるにはそんなことも覚えなきゃないの?
父1 …いや覚えなきゃってことでもないんだけど。
大輔 なんか大人ってあんまり楽しそうじゃないね。父さん。これ何の絵かわかる?
父1 帽子だろ。
大輔 やっぱりね。大切なことは目に見えないんだよ。
父1 それって星の王子様じゃないか。
大輔 トランプやゴルフや政治やネクタイのことをしゃべることが大人なの?
父1 …古今東西目に見えないもの。空気。
大輔 なんだよ急に、じゃあ、透明人間。
父1 …うーん。酸素。
大輔 におい。
父1 …うーん。二酸化炭素。
大輔 人の気持ち。
父1 …うーん。窒素。
大輔 ずるいよ父さん。思い出。
父1 …うーん。ヘリウム。
大輔 父さんの心。
父1 ……見えないものは、そこに何もないってことじゃないんだ。ただ見えないだけ。見えなくなっているだけ。それがはっきりと見えたらかえってわざとらしいものだってあるんじゃないかな。


4場

  動物園。

父2 さ、次は何行く?
大輔 ぼくちょっと疲れたよ、少し休まない?
父2 まだ何にも見てないじゃないか。
大輔 だって何だか動物見てると疲れてくるんだもん。
父2 ほら、行こう行こう。

父1の前へ。

父2 ほら、ライオン。
父1 もう暑くてやってらんないっすよ。

  父3の前へ。

父2 ほら、シロクマ。
父3 あー、ガリガリ君食いてえ。
父2 ほら、チベットコバナテングザル。
父4 え、何?…。
父2 確かにちょっと疲れた気がするな。
大輔 そうでしょ。

  ベンチに座る二人。

大輔 動物園て何が楽しいんだろう?
父2 お前さあ、あんなにせがんでおいてそれはないだろう。
大輔 遊園地はわかるような気がするんだ。
父2 かわいい動物がたくさんいるじゃないか。
大輔 動物園ってちょっとかわいそうな気もするよね。こんなに狭いところに閉じこめられてさ。
父2 広いところにいるから幸せだって考えるのは人間の勝手さ。毎日餌が食べられてこんないいところはないなって思っているかもしれないじゃないか。
大輔 親子がバラバラになってしまったかもしれないじゃないか。
父2 う、まずい。
大輔 あの象だってさ、父さん、母さんから引き離されたのかもしれないよ。
父2 馬鹿だな。歌にもあるじゃないか。象さん、象さん、お鼻が 長いのねそうよ母さんも(急に声が小さくなる)長いのよ。
父2 ば、馬鹿だな。2番だよ2番。象さん象さんだあれが好きな の?あのね母さんが…。
大輔 父さんは出てこないんだね。
父2 でもな一緒にいることだけが幸せなのかなあ?一緒にいても憎みあってる人もいれば、無関心の人もいるじゃないか。離れているからって心が通じてないとは言えないと思うけどな。
大輔 でももし子供が危険な目に遭いそうになったとき、助けるためにはいつもそばにいなきゃだめじゃないか。
父2 馬鹿だな、歌にもあるじゃないか。おうまのおやこはなかよしこよし。こうまをみながらぽっくりぽっくりあるく。おうまのかあさんやさしいかあさん…。
大輔 父さんは出てこないんだね。
父2 (立ち上がり)ペンギンでも見に行こうか。ペンギンは鳥だからさ、卵だからさ。すぐに親離れしてさ。巣立っていくんだよね。それとも隣の遊園地に行ってみるか?
大輔 ジェットコースターにしよう。             
父2~4 えー。

  全員ジェットコースターに乗る。

全員 とーさんはなあーーーーー。(絶叫)

悲鳴と歓声。

全員 おまえのことがーーーーー。(絶叫)

暗闇のトンネルに叫び声が響いている。


5場

  授業のチャイムの音。
学校の教室。大輔が座っている。父1は教室の後ろで手を振っている。

父2 起立・注目・礼。
全員 おはようございます。
父3 おはようございます。1時間目は算数です。今日は距離と時間とスピードについて勉強しましょう。まず公式のおさらいです。速さイコール…
父2 はい。(手をあげて)底辺かける高さ割る2。
父3 距離や時間のどこが底辺なんですか。公式は正しく覚えることが重要ですよ。なぜとかどうしてとか考えてはいけません。だって公式なんですから。はい、誰か。
大輔 はい。速さイコール距離割る時間。
父3 そうですね。百キロの道のりを1時間で行くとそのスピードは時速百キロということになりますね。
父4 どの道を行ったんですか?
父3 はい?
父4 何しに行ったんですか?
父3 算数だから、実際に行ったってことではなくて…。
父4 高速道路ですか?
父2 百キロだもん。高速に決まってるじゃないか。
父4 え、でもうちの父ちゃんなんか普通の道路でいつも百キロで飛ばしてるよ。
父3 静かにしなさい。今はそういうことは考えなくていいんです。大切なのは公式だって言っているでしょ。
大輔 ぼくと父さんの距離はどれくらいだったろう。スピードかける時間イコール距離。父さんと過ごした時間。父さんに投げたボールのスピード。父さん、ぼくと父さんの距離を教えて下さい。父さんはぼくから遠く離れてしまった。いったい何キロでこの球を投げたら父さんに届くのさ?
父3 続けますよ。それでは次の公式です。みなさん、大人の公式って知っていますか?
父2 はい。底辺かける高さ割る2。 
父3 はいはい、とりあえず無視しておきますよ。
父4 はい。女かける金イコール大人。
父3 ちょっと小学生とは思えない生々しい答えが出てしまいました。もうちょっと夢がないとますますモラトリアムな人たちが増えてしまいますよ。
父2 はい。現実ひく夢イコール大人。
父3 またさみしい答えが出てしまいました。プラス思考で行きましょう。
父4 はい。借金プラスローンイコール大人。
父3 先生ちょっと胃が痛くなってきました。
父2 はい。恋人かける円周率イコール大人。
父3 なんとなく感じは出てますね。
父4 はい。母親プラス父親プラス子供イコール大人。
父3 うん。だんだんまともになってきました。
大輔 父さんがいなくたって、ぼくの大人の公式は成り立つさ。
父3 では次に大人とは何かということを考えてみましょう。

  黒板に字を書く。

父3 さあこのかっこの中に言葉をあてはめてみましょう。「大人とはなになにである。」いいですか。
父4 はい。大人とはジャイアント馬場である。
父3 確かにジャイアント馬場さんは大人ですが、別に大きいことが大人の条件ではありませんよ。
父4 はい。大人とはジャンボ鶴田である。
父3 ですから大きいことが大人の条件ではないと。
父4 はい。アンドレザジャイアント。
父3 少しプロレスから離れましょうね。高校生がひいてる感じです。じゃあ質問を変えましょう。みなさんの考える大人の条件って何ですか?

  一同、考え込む。

父3 だって大人になる前にちゃんと考えておかないと、夢のない建前だけの、インチキな大人になってしまいますよ。
大輔 自分に責任を持てる人。
父3 はい、模範的な学校の求める答えですね。他に。やっぱりみなさんまだ子供ですね。
大輔 ぼくはもう大人だ。
父3 それでは先生が教えてあげましょう。大人の条件とは、「カニ、フグ、スッポン」です。
一同 え?
父3 はい。リピートアフターミー。カニフグスッポン。
一同 カニフグスッポン。
父3 カニ、フグ、スッポンを食べて、はじめて選挙権がもらえま す。一八歳なんてとんでもない。さらにその上には、カニフグスッポンをおごる人がいます。この人たちは大人のさらに上、大大人と呼ばれます。
大輔 先生、さびしくないですか。そんな大人って。
父3 (父の声で)そのさびしさをどうするかってことなんだよ。 本当はそれを考えることが大事なんだ。その答えを出すことが大人になるってことなんだよ。君も少し大人に近づいたのかも知れないね。でもその答えはまだ見つからないと思うんだ。それは宿題にしておこう。
父3 (先生に戻り)今日は授業参観ということでたくさんのお父さん・お母さんがいらっしゃっています。みんなには昨日作文を書いてもらいましたね。今日はそれを発表してもらいましょう。じゃあ大輔君読んでみて。
大輔 ぼくの父。ぼくには父との思い出があまりありません。一緒に出掛けたこともないし、宿題を教わったこともありません。母の話によると、そんな父にもは若い頃には夢があったのだそうです。母はよく父に昔の話をしたそうです。父はその話になると急に居心地が悪くなって「ちょっとたばこ買ってくる」と言って外に出てしまうのだそうです。そしてある日たばこを買いに行った父はそのまま戻りませんでした。それからぼくは母と二人きりです。別に寂しくなんかありませんでした。母はどちらかといえば男っぽい性格でぼくと話も合いました。父を恨んだりする気持ちはありませんでした。そういう気持ちが起こるほどの関わりがなかったからかもしれません。そんな父との思い出はキャッチボールでした。そのボールのやりとりがただ一つのぼくと父とのつながりでした。そしてもう一つ、何か大切な話を途中までしか聞いていないようなそんな感じがいまでも残っているのです。どんな話かも忘れてしまったけど、途中までしか聞かなかったという記憶だけが不思議に残っているのです。公園のベンチ。キャッチボール。初めて父の球を捕れた日。


  6場

  公園のベンチに二人が座っている。

父1 お前、大人になったら何になるんだ。
大輔 マジンガーZ。
父1 まじめに聞いてるんだよ。
大輔 みたいなロボットの開発者。父さんは何になりたかったのさ。
父1 俺か?俺はまあ。そうだな。あえていえば「ライ麦畑のつか  まえ役」かな。
大輔 つかまえ役?何をつかまえるのさ。
父1 崖の上にいるんだよ。そこで小さな子供たちが遊んでいるんだ。何千人もだよ。
大輔 危ないね。
父1 大人は自分だけなんだ。それで、子供たちが崖から転がり落ちそうになったら、さっととび出して行ってその子をつかまえてやらなきゃならないんだ。それがつかまえ役さ。そういうものになりたかったんだよ。
大輔 変なものになりたいんだね。
父1 そう。馬鹿げていることは知ってるよ。でも本当にそういうものになりたかったんだよ。

父、ゆで卵を手にして。

父1 なあ、コロンブスの卵って知ってるか?
大輔 知らない。
父1 昔コロンブスという人がいて…
大輔 何屋さん。
父1 まあ探検家だ。その人が卵を立ててみせると言ったんだ。
大輔 いきなり?
父1 いきなりっていうか、まあいろいろあって。
大輔 立ち上がって言ったのかな?
父1 いちいち細かいことが気になる奴だな。ここからだ。みんな  は出来るわけがないと言ったんだ。
大輔 何が?
父1 細かいわりに忘れっぽい奴だな。卵を立てること。ここには  物事を違った方向から考えて見るという…。
大輔 こうすること?(と卵を立てる)
父1 …。昔、エジソンという人がいて、
大輔 コロンブスはどうなったのさ。
父1 死んだ。
大輔 それだけ?
父1 うん。
大輔 それがどうかしたの?
父1 …。生卵じゃなくて良かったなあっていう…
大輔 どうでもいいことをすごく大切なことみたいに話すんだね。
父1 そう。どうでもいいことさ。どうでもいいことが好きなんだ よ。
大輔 結局大人ってどういうことなのさ。
父1 難しいな。
大輔 学校ではね。常識をわきまえることが大人になることだって教わったよ。わきまえるってのがちょっとわかんなかったけど。でも大人ってなんかあんまり楽しそうじゃないな。
父1 ああ楽しくないよ。楽しくなくなってからじゃないとやれな いことを大人はやるんだよ。
大輔 どういうこと?
父1 たとえば、うーんむずかしいな。
大輔 楽しくなくなったら何もやらないんじゃないの?
父1 子供はね。
大輔 ぼくが大人になったら誰か「なった」って教えてくれるといいなあ。なってないときは「なってない」って言ってくれるといいのになあ。そしたらぼくも少しはわかると思うんだ。
父1 お前「キャッチャーインザライ」って知ってるか?
大輔 知ってるよ。(構えて)キャッチャーでしょ。
父1 いやいいんだ。なんでもないよ。
大輔 それよりキャッチボールしようよ。
父1 お前まだ父さんの球、捕れないじゃないか。
大輔 今日はだいじょうぶだよ。ほらグローブだってぴかぴかだし。父1 油を塗ったな。ちょっと塗り過ぎじゃないのか?すべって受け損なうかもしれないぞ。よーし、ピッチャー振りかぶって第一球を投げました。

  ボールは大輔のグローブの中に。


7場

  大輔の家。

大輔 初めてボールを捕れた日。父さんの記憶はそこから途切れている。ぼくにはキャッチボールの相手がいなくなったんだ。このグローブのぼくの名前が読めないぐらい父さんの記憶も薄れていってしまったんだよ。
父3 野球選手になりたいって言ってたよな。
大輔 そんなこと言ったことも忘れていたよ。
父4 野球やろうか。
大輔 えっ?ナイター観戦って言ってたじゃないか。それに今更。 だいたい、二人しかいないじゃないか。ばらばらに数えたって5人だよ。
父2~4 ああまだ息子は父の力を信じないのだった。息子を思う父親はここを甲子園球場に変えることだって出来るというのに。

  球場のざわめきが聞こえる。

父1 父をなめるんじゃない。父はどこにいたっていつでも息子を思っているんだ。息子の夢を叶えることが、その手助けをするのが父の仕事じゃないか。さあマウンドに立て。力いっぱい投げてみろ。打たれたっていい。力いっぱい自分の球を投げればいいんだ。絶対にホームは踏ませない。一段と高いそのマウンドから大人という直球をど真ん中に投げてこい。
父3 バックはまかせろ。
父4 父を信じて。
父2 抑えようなんて思うなよ。
父1 がっちりいこうぜ。
全員 おーっ。
父3 ピッチャー振りかぶって第一球、ストライク。初球はストレートから入りました。立ち上がりはなかなかいいようです。
父2 続いてピッチャー第二球を投げました。ストライク。速い球です。相当気合いが入っています。高校生とは思えない素晴らしい球。
父3 振りかぶって第三球投げた。ストライク。バッターアウト。 三球三振。これもすばらしい。
父4 ピッチャーの好投は続きます。一球も打たせないそんな気迫が感じられます。現にまだ一人のランナーも許しておりません。
大輔 何が大人だ。息子を大人にすることが父の仕事だって?ぼくはもう大人なんだ。もし大人でなくたって一人で大人になっていくよ。誰の力も借りずにね。
父3 ストラーイク。切れのあるスライダーでまたもや三振に打ち取りました。
大輔 ぼくはぼく自身の手でぼくの子供時代にゲームセットのサイレンをならすんだ。
父2 無理するなよ。スタミナも考えて、打たせてとるんだ。
大輔 誰にも打たせないぞ。誰の力も借りないぞ。ぼくがこの手で  この手で。
父3 お前一人で野球をやってるわけじゃないんだぞ。ナインを信じるんだ。
大輔 いまさら父さんに何ができるっていうんだい。ぼくの父さんはもういないんだよ。どこを探しても父さんはいなかったじゃないか。
父4 お前には見えないって言うのか?守備につく九人をつなぐ絆 が?
父1 お前が父さんのミットに投げ込む白い球の軌跡がお前には見えないっていうのか?
大輔 遠いんだ。父さんのミットが。見えないんだよ、父さんの顔が。
父2 試合は6回まで進んできました。2対0。ピッチャーの好投が続いています。完全試合も夢ではない。そんな気迫のピッチングが続いています。
大輔 疲れるもんか。ぼくが投げなかったら誰が投げるんだ。絶対にホームは踏ませないぞ。
父3 おーっと、フォアボールです。ツーアウトを取った後のフォアボール。この試合初めてのランナーが出ました。松坂ちょっと疲れたか?
父4 ボール。いけません。連続フォアボールです。抑えよう抑えようとする気持ちが力みにつながっているのかもしれません。ここはもっとバックを信頼して。
大輔 ぼくがエースだ。リリーフはいらない。
父2 打ったー。伸びる伸びる、左中間を破って長打コースだ。ランナー一人帰る。二人目も帰って同点。同点の二塁打です。松坂打たれました。やはり連投の疲れが出たのでしょうか。
父3 おっと、ピッチャー交代のようです。どうやらキャッチャーがピッチャーに回るようです。ライトがキャッチャー。松坂はライトに入ります。うーん好投松坂ついに降板です。
父1 あとは任せろ。
大輔 いいよもう。ここで終わりだよ。父さんの球が通用する相手じゃないさ。
父1 大人は楽しくなくなってからじゃないとやれないことをやる  んだよ。 
大輔 えっ?

  父1マウンドに立つ

父2 ピッチャー振りかぶって第一球、投げた。ボール。これはだ いぶ球威が違います。このピンチの場面にこれはかなり苦しい。
父3 第二球、ボール。これははっきりとわかるボールでした。逆転のランナーを背負っての苦しい投球。大人はいつもランナーを背負うピッチャーのようなものなのか?
父4 第三球、これもボールです。ピッチャーまだストライクが入っていません。父の心は息子に通じないのか?
父2 第四球を投げた。きわどい、しかしボールです。歩かせてしまいました。ピッチャー慎重になりすぎているか?ランナー一二塁となりました。
父3 さあピッチャーここを抑えることができるのか。まだストライクが入っていません。セットポジションに入った。第一球を投げた。ボール。またボールです。
父4 勝負だ。ここを逃したらもう一生息子との距離は縮まらないぞ。
父1 よし、勝負だ。
父3 第二球、ストラーイク。初めてのストライクが入りました。 しかし危ない球です。逆転のランナーがセカンドにいます。一打逆転のピンチ。
父4 第三球投げた。打ちました。レフト前。甘い球を持っていかれました。セカンドランナーはスタートを切っている。間に合うか?レフトから好返球。クロスプレーだ。判定は?
父3 アウト。
父2 アウト、スリーアウトです。ピンチを切り抜けました。
大輔 父さん。
父1 言っただろう。バックを信頼しろって。もうお前に任せても大丈夫だな。
大輔 父さん。
父2 7回裏。おっと、ここで再び松坂登場です。スタミナは大丈夫か?
大輔 父さん、いくよ。
父3 松坂振りかぶって第一球をなげた。ストライク。ストレートでストライクを取りました。
父4 続いて第二球ボール。しかし余裕の笑顔。先ほどの厳しい苦しい表情とはまるで違います。
父3 3球目。投げました。打ったー。サードさばいて一塁へ。ワンアウト。
父1 よーし、それでいい。打たせていこう。
大輔 頼むよ、父さん。
父1 がっちりいこうぜ。
全員 おう。
父2 先ほどとはうってかわったピッチング。コースを攻めて打たせてとるピッチングを展開しています。4球目あたりそこね。セカンド楽にさばいて一塁へ、アウト。ツーアウトです。
父3 いやー、どうしたんですかね。あの力みが嘘のようです。
父2 先ほどの苦しいリリーフピッチングを見て何か感じたのかもしれませんね。先ほどとは違う闘志が感じられます。しかし不思議なんですがストレートのスピードがどんどん上がってるんですよ。いくら力みが取れたといっても連投につぐ連投で疲れはピークに達しているはずなんですが、一球一球と投げるごとにスピードが上がっているんです。おーっと百四十五キロ。まったく信じられません。どこにそんな力が残っているのでしょうか?ますますスピードはあがっています。
大輔 思い出したよ。距離とスピードの公式。ぼくの投げる球のスピードが上がれば上がるほど、父さんとの距離は短くなる。父さんがぼくに近づいてくる。父さん、ぼくには今はっきりと父さんの姿が見える。ぼくの投げる球が、初めて父さんのミットに吸い込まれたあの日。あの日の父さんの顔が今はっきりと見えるんだ。父さん、この試合を投げ抜く力をぼくに貸して下さい。
父3 ストラーイクバッターアウト。なんと百五十キロ。信じられないスピード。信じられない力です
父4 いよいよ最終回。得点は2対2同点のままです。さすがの松坂にも疲れが見えてきました。しかし気力で投げています。
父2 ツーアウトランナーなし。あと一人で延長戦に入ります。最後にドラマはあるのか?
父3 初球を打ったー。変化球が甘く入りました。フルスイングした打球は伸びる伸びるライト追いつくかー。ジャンプした。

ライト転倒したが、起きあがりグラブを挙げる。

父3 ファインプレー。延長戦です。松坂の力投に応えるバック。 ナインの気持ちが今一つにしっかりとつながっています。
父2 回は延長十二回。相手のエラーで貴重な勝ち越し点をあげ得 点は3対2。ここを守りきれるか松坂。しかしワンアウトの後、不運なエラーでランナーを出しワンアウトランナー一塁となっています。ここはなんとしてもふんばりたい。
父4 ストラーイク。延長戦とは思えない球威です。彼のどこにそんな力が残っているのでしょうか?全く信じられません。
父3 ストライクバッターアウト。ツーアウトです。あと一人。勝利まであと一人となりました。ここで代打のようです。一打出れば同点の場面です。しかしここは気力で投げ抜きたい。

  謎のバッターが打席に入る。  

父2 一球目ストラーイク。球威は落ちていません。二球目ストラーイク。真っ向から勝負にいっています。バッター追い込まれました。さあ最後の一球になるか、ピッチャー振りかぶって三球目を投げた。
 
鋭い打球音。

父3 大きい大きいレフトバックレフトバック。取れるか?

  大きな歓声。

父2 ホームランです。逆転サヨナラホームラン。松坂打たれまし た。がっくりと膝をつきマウンドから動けません。力投松坂、途中リリーフにマウンドを譲ったものの再度マウンドへ、信じられないほどの力投で勝利まであと一人というところまで投げ抜きました。しかし夢はうち砕かれた。

  闇の中から現れる謎のバッター。その背中には父の文字が。

大輔 父さん? 
父1 さあ投げてきなさい。何度でもうちかえしてやる。投げ続ける限り、ボールの尽きぬ限り打ち返してやる。夢はいつか破れるもの。そして何の取り柄もない、何の才能もない自分を突きつけられる。背番号は「父」。しかし私は一人の男として今お前と勝負をしている。

  ゆっくりと大輔に近づく父。

父1 父の手を離れることが大人になることではない。父を越えることが大人になることではない。君も父親になったらわかるだろう。大人になるとはどういうことか。現実にうちひしがれながらも、それでも思い続ければ、夢は必ずかなうのさ。

父、ユニフォームを大輔の背中にそっとかける。


8場

もとの部屋 父1と大輔。

大輔 行くの?
父1 ああ。
大輔 母さんには会わないの?
父1 うん、あの人は大丈夫さ。父さんと違って立派な大人だから。
大輔 たまに連絡してよ。
父1 ああ生きてたらね。
大輔 …父さん、なんで家を出たの?
父1 …父さんは、一人の男に戻りたいと思ったんだよ。父さんは孤独と引き替えに自分を見つけられたんだ。やっと大人になったってわけさ。
大輔 でもずいぶんかかったんだね。
父1 やっぱり不器用なのかな。
大輔 このまま一緒にいればいいじゃないか。
父1 もうそばにいる必要はないさ。君はもう一人で大人になれる よ。
大輔 でももうしばらくかかるかもしれないよ。ぼくも不器用だし。だって父さんの息子だからね。

しばしの間。

父1 …ただいま。
大輔 おかえり。父さん。
父1 …行って来ます。

  ドアを開けようとした時。

大輔 …父さん。…ライ麦畑でつかまえて。
父1 えっ?  
大輔 …サリンジャー。

父、苦笑い。

父1 じゃあな。


9場

  大輔グローブを持って立っている。

大輔 今はもうしなくなってしまったこのグローブの油のにおい。 あの懐かしいにおい。誕生日に父が買ってくれたグローブ。キャッチボール。家のガラスを割ったこと。初めて父のグラブにぼくの投げたボールが音を立てて吸い込まれた日。父が投げたボールを目をつぶらずに捕れた日。父が書いた名前。へたくそだけど大きくはっきり書いてあったぼくの名前。今では読めないほど薄くなってしまったけれど、確かにぼくと父はそこにいた。
息子 父さん、何その汚いグローブ。
大輔 これはね、父さんの大人の証。
息子 変なの。大人ってどういうこと?
大輔 大人っていうのはね、かくれんぼの鬼みたいなもんだな。
息子 かくれんぼ?
大輔 隠れてるほうは楽しいだろう。でもいつかは見つかって楽しくなくなっちゃうんだよ。
息子 そうだね。
大輔 鬼は最初から楽しくないんだ。でも「見つけにいかなきゃな」って立ち上がるんだよ。お前はどっちがいい。
息子 ぼくは隠れる方がいいな。隠れてるとちょっと寂しくなるけど必ず鬼が見つけてくれるし。
大輔 キャッチャーインザライって知ってるか?
息子 知ってるよ。(構えて)キャッチャーでしょ。
大輔 そうだね。ゆっくりとなればいいんだ。ゆっくり。…キャッ  チボールするか?
息子 うん。

息子外へ出ていく。大輔ドアの所へ。

大輔 (振り返り)おかえり、父さん。

大輔出て行き、ドアがゆっくりとしまる。    

※「ライ麦畑でつかまえて」JDサリンジャー(白水Uブックス) より一部の表現を引用しています。
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